第16話 敵のスパイ?

 ――翌日。


 俺たちバルバル傭兵軍は、コロン城を包囲する帝国軍野営地の北西にバルバル傭兵軍野営地を作った。

 ここが一番邪魔にならないからだ。


 俺は朝食を済ませると、ヴァッファンクロー帝国軍の野営地を見て回ることにした。

 まずは、情報収集だ。


「アトス叔父上。俺は情報を集めてきます。攻城戦の方は……、まあ、サボっていると帝国軍に思われない程度に、怪我をしないようにお願いします」


「うむ。こちらは任せておけ。順番に戦うらしいが、我らにお声がかかるのかどうか……」


「その時は、兵たちを休ませて下さい」


 皇太子や本営の連中は、昼から酒を飲み、女を侍らせているのだ。

 こんな弛みきった戦で怪我をするなど馬鹿らしい。


 俺はエルフ族の美少女ジェシカと大トカゲ族の族長ロッソをお供に連れて、ヴァッファンクロー帝国軍の野営地へ向かった。


「おい。ガイア。どこへ行くんだ?」


「あちこち見ておこうと思ってな。後は、商人を見つけて、食料の調達だ」


「おっ! 食い物か! イイねぇ~!」


 食料と聞いて、大トカゲ族のロッソがご機嫌な声をあげる。


 ロッソの様子を見て、エルフ族のジェシカが、たどたどしいバルバル語で冷やかす。


「ロッソは、アホ。食べるだけ。ロバは食い物じゃない」


「うるせえー! わかってるよ!」


「ロッソ、わかってない。ロバ、食べたそうにしてる。だから、ドンキーに噛まれる」


 エルフ族のジェシカは、バルバル語があまり得意ではないが、みんなといる時は、バルバル語を話すようにしている。


 気遣いが出来る良い子だ。


 ドンキーというのは、ロバの名前だ。

 俺が名付けた。


 ロバのドンキーは、怪我人や荷物の運搬に活躍している。

 だが、ロッソとの仲が悪く、ドンキーはロッソが近づくと噛みつこうとするのだ。


 俺もロッソを冷やかす。


「ロッソは、溢れる食欲を抑えきれないからな。ドンキーを見る目が、完全に肉を見る目になってるぜ」


「チッ! 頭ではわかってるんだがな……。俺の野生が、そうさせるのさ!」


「食うなよ! 絶対に食うなよ!」


「わかってるよ!」


「ロッソはアホ。いつか食べる」


 三人で軽口を叩きながら、野営地の中を歩く。

 一際賑やかな場所があり、沢山の商人が馬車とテントを連ねていた。


 武器、防具、食料はもちろんのこと、土産物らしきアクセサリーを売っている商人もいる。

 リズムに合わせて踊り子たちが妖艶な舞いを披露しているのは、娼館の出張だろう。


 何せ二万人の兵士がいるのだ。

 戦に巻き込まれるリスクはあるが、商機も多い。


「商売熱心な連中だな……」


「服、バラバラ」


 俺のつぶやきをジェシカが拾った。

 ジェシカの言う通り、商人たちの服装はバラバラだ。


 ヴァッファンクロー帝国の商人だけでなく、他国の商人も混ざっているのだろう。


 あちこち見て回るうちに、野菜や果物を満載した荷馬車が目に入った。

 どれも新鮮そうだ。


 俺は馬車の側にいた異国風の商人に、ヴァッファンクロー帝国語で話しかけた。


「こんにちは、美味しそうな果物だね」


 異国風の商人は、ニッコリと笑ってヴァッファンクロー帝国語で返事をした。


「いらっしゃい! どれも地元で採れた野菜や果物ですよ!」


 異国風の商人は、そばにいた使用人に『オレンジを試食してもらえ』と指示を出した。

 使用人に向かって使った言葉は、交戦中のアルゲアス王国語だ。

 前の戦いで、アルゲアス王国語をダウンロードしていたのが役に立った。


「アルゲアス王国の商人さんかな?」


「ええ。カラノスと申します。どうぞよろしく」


「バルバル傭兵軍大将のガイアだ。ブルムント族の族長でもある」


「バルバルというと……。帝国の北に住まう部族の総称ですな?」


「そうだ」


 よく知っているな……。


 アルゲアス王国と俺たちバルバルは、かなり離れている。

 間に帝国を挟んでいるから、直接交流もない。

 それなのに、バルバルと聞いて、すぐに『帝国北方の――』と聞き返してきた。


 カラノスは敵アルゲアス王国の商人だが、実は間諜……スパイじゃないかと疑いを持った。


「カラノス殿。念のため確認するが、ここで商売をする許可はあるのか?」


「もちろんでございます。この通り許可書をいただいております」


 商人カラノスは懐から羊皮紙を取り出して、俺に見せた。


「ふむ……、確かに……。帝国軍の許可証だ」


「我々商人にとっては、帝国も王国もございません。商売が出来るところであれば、どこへでも参上いたします」


 俺に疑われていると感じたのだろう。

 商人カラノスは、深々と頭を下げ表情を隠した。


 俺はアゴに手をあててしばらく考えた。


(まあ、スパイでも構わないか……)


 むしろ、アルゲアス王国に『渡りをつける』ことが出来るかもしれない。


 今はヴァッファンクロー帝国軍に雇われて戦っているが、将来はどうなるかわからない。

 そうして先々を考えれば、色々な国に知り合いがいた方が得だ。


 俺とカラノスが話している間に、カラノスの使用人が、切ったオレンジを俺たち三人に配った。


「それは、オレンジという果物です。外の皮は食べないように、こういう具合にかぶりついて下さい。」


 カラノスが、切ったオレンジをかじって見せた。

 俺たちもカラノスと同じようにする。


「旨いな!」


 甘みと酸味が口に広がる。

 ジューシーなオレンジだ。

 新鮮で旨い!


「オイシイ!」


「オイオイ! こりゃ何てウマさだよ! もっと食いてえ!」


 エルフ族のジェシカも大トカゲ族のロッソも目を見開いて驚いている。

 どうやら二人は、オレンジを初めて食べたらしい。


 商人カラノスが、笑顔でスイカを差し出した。


「お口に合って良かった! スイカも試してみますか?」


「もらおう!」


 スイカも期待通りの美味しさだった。

 この世界に転生して、果物は初めて口にする。

 新鮮でみずみずしく最高だ!


 俺は、ここで食料を買うことにした。


「カラノス殿。バルバル傭兵軍の食料を手配して欲しいのだが頼めるか? 我が軍は、百人だ」


「はい! 喜んで!」


「新鮮な果物、野菜、肉と魚もあれば頼む」


「かしこまりました」


 美味いものを食えば、兵士の疲れがとれるだろう。

 特に新鮮な果物や野菜は、ビタミンCがとれる。


「あとは……、干し肉も欲しい」


「日持ちする食料でしょうか? それでしたら、ビスケットや干しぶどうもいかがでしょう?」


「ああ、頼む。それから、ロバを手配できるか? 荷車とエサもつけて欲しい」


「ええ。数頭なら可能です」


「よし、じゃあ頼んだ。北西にあるバルバル傭兵軍の野営地に届けてくれ」


「ありがとうございます!」


 これで、良し。

 俺たちは、商人が集まっているエリアを後にした。


 周りの地形を確認する為に、コロン城を取り囲む野営地の外縁部を歩く。

 スキル【スマッホ!】を起ち上げて、周囲の情報をチェックする。


 敵の伏せ手はいない。

 一番心配していたので、一安心だ。


 人がいなくなった所で、大トカゲ族のロッソが話しかけてきた。


「よお、ガイア」


「ん?」


「さっきの商人な……、強いぞ!」


「そうなのか?」


「ああ、身のこなしがな……。ありゃあ、やるヤツだ」


「わかった。気をつけておくよ」


 どうやら商人カラノスは、ただの商人ではなさそうだ。

 スキル【スマッホ!】を操作して、カラノスの人物情報を読む。


『カラノス 軍人 賢く強い人物』


 やはりか……。

 商人になりすました敵のスパイなのだろう。


 この戦場は油断出来ないな。


 次は、エルフ族のジェシカが、エルフ語で話しかけてきた。


「ガイア。干し肉やロバを、なぜ買った? ここが戦場で、ここにしばらくいるのだろう?」


「そうだ」


「なら携帯食料の干し肉はいらないだろう? 荷物運びのロバもいらないだろう?なぜ買った?」


「万一の備えだよ。逃げる時の為に……」


 俺の言葉に、ジェシカの顔が強ばった。

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