第15話 新たな戦場へ

 俺たちバルバル傭兵軍は、ピュロスを後にして東へ向かった。

 山を越え平野部に入り数日進み、敵アルゲアス王国の城――『南部の要衝』と呼ばれるコロン城に到着した。


「アトス叔父上。やってますね」


「ああ、攻城戦だな」


 敵のコロン城は、北、西、南が平野、東が海に面した地形で、平城だが立派な城壁を備えた城だ。


 既にコロン城は、ヴァッファンクロー帝国軍に包囲されていて、北、西、南に、おびただしい軍勢が天幕を張っている。


 ヴァッファンクロー帝国軍は、コロン城の城壁にハシゴを掛け登ろうとするが、敵守備兵は城壁から矢を射かけ、石を投げ、槍で突き落とし必死の防戦だ。


 両軍の攻防を眺めていると、アトス叔父上がボソリとつぶやいた。


「ぬるいな……」


 どういうことだろうか?

 俺は、アトス叔父上の言葉の意味することがわからなかった。

 何せ攻城戦を見るのは、今回が初めてなのだ。


 ガイア少年の記憶を探ってみる。

 だが、ガイア少年も攻城戦の経験はないようだ。


 俺は、アトス叔父上に教えを請うことにした。


「アトス叔父上。俺は初めての攻城戦です。どの辺りが『ぬるい』のか、教えて下さい」


「うむ。ガイアよ。ヴァッファンクロー帝国軍の攻めが弱いのだ。本気で攻めるなら、多方向から同時に攻め込まねばならん」


「なるほど……」


 改めてコロン城に目を向けてみる。

 アトス叔父上の言う通り、ヴァッファンクロー帝国軍は西側からしか攻めていない。

 北と南は、何もしていないのだ。


「どういうことでしょう? 本気を出していないだけ……? 様子見とか……?」


「わからん……。とにかくヴァッファンクロー帝国軍の本営に行ってみよう」


 とりあえずバルバル傭兵軍は、戦場の外側で休憩をさせ、俺とアトス叔父上は、ヴァッファンクロー帝国軍の本営に向かった。


 俺とアトス叔父上は、一際大きな天幕へ向かって歩いて行くのだが、目に入るのはヴァッファンクロー帝国軍のダラケた姿だ。


 兵士たちは、天幕の外にノンビリと座り、肉や果物を口にしながら、おしゃべりに興じている。


「アトス叔父上……。なにか……、緊張感がないですね……」


「うーむ……」


 ヴァッファンクロー帝国軍本営の天幕に入っても、外と同じ弛緩した空気が漂っていた。


(酒と女の匂いがする……。チッ! まだ、昼過ぎだというのに……)


 俺は心の中で、舌を鳴らす。

 アトス叔父上も俺と同じ思いらしく、眉根を寄せ厳しい表情をしていた。


 俺たちは、近くにいた士官を捕まえて着陣の報告をしようとしたが、赤ら顔で呂律が回っていない。


 何人かに声をかけ、ようやくシラフの若い士官を見つけて何とか着陣の報告を済ませた。


「我らバルバル傭兵軍は、どこに布陣いたしましょう?」


「布陣ですか? そうですね……。えーと、どこが良いのだろう?」


 若い士官は頼りないが、シラフの士官がコイツしかいないのだ。

 何とかバルバル傭兵軍の配置を決めてもらわないと、俺たちは困ってしまう。


 大天幕の奥からは、笑い声と女の嬌声が聞こえてくる。


「お楽しみの最中に申し訳ございません」


 俺は頭を下げつつ、軽く嫌味を言った。


『戦の最中に酒を飲んで女を抱くとは、イイご身分だな!』


 ――と、言葉に苛立つ気持ちをのせたつもりだった。


 だが、若い士官には通じなかった。


「気にせずとも良い」


 俺は士官の返事に半ば呆れながらも、態度に出さないように気をつけながら打ち合わせを続けた。


「その……大丈夫なのでしょうか? 敵が城から打って出てくるとか……」


「何だ怖いのか? ハハ! 心配は無用だ! 我が方は二万。敵は五千ほどだ。ゆるりと攻めていけば、じきに降伏するだろうよ」


「でしたら、北、西、南の三方向から同時に攻めかけては?」


「そんなことをしたら、兵士がくたびれてしまうだろう。疲労を抑えるために、交代で攻めているのだ。ここは南国で暑いからな。なあに、このような小さな城は、ゆるりと囲んでおけば、落ちるだろう」


「左様ですか……」


 あまりに楽観的な見通しに呆れてしまい、反論する気持ちが起きなかった。

 さっさと事務的に片付けよう。


「指揮官殿にご挨拶をしたいのですが、どなたでしょうか?」


「この軍は皇太子殿下が率いていらっしゃる」


「では、殿下にご挨拶を――」


「ああ、無用だ。というより止めておけ。殿下は……、ホレ! お楽しみ中だ。邪魔をするとお怒りになられる」


 ヴァッファンクロー帝国の皇太子か……。

 バルバルが帝国との戦いに負けた後、皇帝の前で俺を蹴りまくった小太りのガキだな。


 顔を合わせないで済むなら、こっちもその方が良い。

 俺は気のない返事をした。


「はあ……。では、皇太子殿下や幹部の皆様によろしくお伝え下さい」


 若い士官は、俺の言葉にうなずくと、頭をガリガリとかいて面倒臭そうに指示を出した。


「ええと、それで……、バルバル傭兵軍は、どこか空いている所を見つけて、適当に布陣してくれ。以上だ」


「ご命令承りました! それでは、失礼します!」


 俺とアトス叔父上は、憮然として本営の大天幕を後にした。

 話す言語を帝国語から、バルバル語に変えてアトス叔父上と話す。周りのヴァッファンクロー帝国軍兵士に、会話の内容がわからないようにする為だ。


「アトス叔父上……。不味くないですか? 味方は油断しきってますよ」


「ガイアよ。私も不味いと思う。二万対五千の攻城戦なら……、まあ、平地の城だし負けることはないと思うが……。それでも戦では何が起るかわからん」


「油断禁物ってヤツですか……」


「うむ。ヴァッファンクロー帝国の皇帝は優れた人物だが、跡取りの皇太子があれではな……。父親の目が届かないのを良いことに、羽を伸ばしまくっているのだろう」


 皇帝か……。

 帝国対バルバル戦争の後、一度だけ会ったが、震えが来るほど威厳を持っていた。


 皇帝が率いるヴァッファンクロー帝国軍なら非常に精強なのだろうが……。

 皇太子は、昼間から酒を飲んで女を抱いている。


「アトス叔父上。先が思いやられますね」


「まったくだ。せめて部下にまともな人がいれば良いのだが……」


 俺はスキル【スマッホ!】を起動して、【人物】ボタンを押した。

 画面には、ヴァッファンクロー帝国軍の人物情報が映し出されている。


「ダメだコリャ……」


 俺はヴァッファンクロー帝国軍の人物情報を見て匙を投げた。

 ヴァッファンクロー帝国軍本営の人物情報は、『無能』のオンパレードだった。

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