第13話 エルフの美少女

 倒した敵から装備品を回収する作業が一段落した。


 俺たちバルバル傭兵軍は、敵が装備していた武器、防具、衣服、硬貨などに加えて、敵騎馬隊の馬三頭を鹵獲した。


「旨そうな馬だな~」


「コラ! 馬は食料じゃないぞ! 乗馬用の馬は高価だからな! 食うなよ! 絶対食うなよ!」


 大トカゲ族の族長ロッソとアトス叔父上が、日本のお笑い三人組みたいな会話を交している。


 俺は徐々に体力が回復して、気持ちも落ち着いて来た。

 すると体についた血の匂いが気になって仕方がない。


「アトス叔父上。血を落としたいのですが、水場は?」


「そこの林の先に小川がある。ガイアは、もう、休んでおけ。ヴァッファンクロー帝国との交渉は私がやっておこう」


「頼みます」


 俺は、アトス叔父上に甘えることにした。


 先ほどの戦いでは、腹を貫かれ出血がひどかったのだ。

 敵の隊長を倒したのだし、休んでもバチは当たるまい。


 林を抜けると、小川があった。

 小川には、先客がいた。


 エルフ族の女魔法使いだ。

 女魔法使いといっても、見た目まだ少女で、確か……、エルフ族族長エラニエフの姪だ。


 名前は……、ジェシカだ。


 彼女は全裸で、膝まで小川に浸かっている。

 ショートカットにした金色の髪が風になびき、陽に照らされた白い肌がまぶしい。


(こうしてみると、スラッとした美少女だな……)


 想定外の光景に俺は頭が回らず、ボーッと眺めていた。


 するとエルフの美少女ジェシカが、俺に気が付いた。


「誰!?」


「ごめん! ブルムント族のガイアだ!」


「ああ……。なぁ~にぃ? ノゾキに来たの?」


「ち! 違う! 血を洗い流しに来たんだ!」


「なら、早く入りなさいよ。ここは戦場なんだから、素早く行動しなさい」


 ついムキになって言い返してしまった。

 相手は十三才の少女だ。


 俺は十三才のガイア少年に転生したが、元は四十路のおっさん。

 娘ほどの年頃の少女に心を揺らす必要はないのだ。


 俺は服を脱ぎ全裸になって、ザブザブと小川に入った。


「あんたねえ……。普通、真っ正面から来る?」


「えっ!?」


「背中を向けて入ってきなさいよ! お互い丸見えでしょうが!」


「ああ! わかった!」


 ジェシカに主導権を取られっぱなしだ。

 何だか疲れがドッと押し寄せてきた。


 体を洗うことに集中しよう。

 煩悩退散だ!


 小川の半ばまで来ると、そこそこの深さがあった。

 ゆっくりと川底に腰をおろすと、ちょうど肩の高さに水面が来た。


 ここは南の土地なので、六月ともなれば暑い。

 小川の水は、つかっていて気持ちの良い温度で、戦で火照った体を冷やしてくれる。


「なあ、ジェシカ。一人で水浴びして大丈夫なのか?」


「何? 私を狙ってるの?」


「ち! 違う! 戦場は物騒だから、女一人じゃ心配なだけだよ!」


「へー、心配してくれるんだ~。ふーん♪」


 何なんだよ……。

 ああ、そうか。

 ジェシカは、こういうのが楽しい年頃なんだな。


 それは構わないが、俺を巻き込まないで欲しい。


「真面目に話しているのに……」


「ガイアは心配性ね! 大丈夫よ! 魔法を一発残してあるから、襲ってくる奴がいたら黒焦げか、輪切りにしてやるわよ!」


 なるほど。

 先ほどの魔法攻撃は、余力を残していたのか。

 確かに、戦場で力を使い切るのは危険だ。

 なかなか賢い。


 しばらく無言の時間が続いた。

 俺の後ろで、ピチャピチャと水音がする。

 ジェシカが体を洗う音だ。


 そんな音を聞いていると、色々と想像してしまう。


 煩悩退散……。

 事案発生……。

 煩悩退散……。

 事案発生……。


 目をつぶって、邪な思いを追い払おうとしていると、ジェシカが真面目な声で話しかけてきた。


「ねえ、ガイア……」


「ん?」


「私たちは、このまま帝国の支配を受け入れるの?」


「オイ……」


 俺は辺りを見回した。

 エルフ語で話しているから大丈夫だと思うが、それでも帝国軍の目は怖い。


「大丈夫よ。辺りに人はいないわ。エルフは耳が良いの」


「そうか……。耳が長いもんな」


「ええ。それで、どうなの? これからずっと帝国に這いつくばるの?」


「……」


 俺は答えなかった。

 なぜなら、軽々しく口に出来る内容ではないからだ。


「ねえ、ガイア。私の父と母は、帝国との戦争で死んだの」


「俺も同じだよ」


「私……悔しい……! こうして帝国の下について戦うのが! 帝国の手先になるのは嫌よ!」


 ジェシカの声が震えている。

 ザブザブと水をかき分ける音がして、急に俺の背中に柔らかい物が触れた。

 ジェシカの胸だ。


 ジェシカは、後ろから手を回し、俺の背中にしがみついた。

 俺の首筋が濡れる……。

 ジェシカの涙で……。


 俺はジェシカの手に、自分の手を重ねた。

 そして、本当の気持ちを伝えた。


「ジェシカ……。俺は帝国を許さないよ。必ず滅ぼす。父と母と仲間の仇を討つ」


「本当?」


「ああ、本当だ。ジェシカのお父さんとお母さんの復讐も必ずする」


 俺は淡々とジェシカの問いに答えた。

 自分で話していて怖くなるほど、冷たい声だった。


 きっとその冷たさが、ジェシカを信じさせたのだろう。

 ギュッと俺を抱く腕に力がこもった。


「嬉しい……」


「今はダメだ。俺たちは、力が足りない。とにかく今は力をつけるんだ。その為には、帝国だろうが、何だろうが、利用する……。そして、その後に……」


「帝国を滅ぼすのね……」


「そうだ」


「ガイア、約束して! 必ず帝国を滅ぼすと! 約束を守ってくれるなら、私のことを好きにして良いわよ!」


 まだ少女なのに、この激しさ……。


 ジェシカの体が熱くなっているのが、背中越しにわかった。


 体の周りに漂う水が、俺の体温で温められて薄い膜を張る。

 ジェシカの周りの水も温かく、俺の周りの水と混じり合う。


 背中にあたった胸から、早い鼓動が伝わってきた。


「ジェシカ。約束するよ。必ず帝国を滅ぼす」


 そして、俺は振り返り、ジェシカを抱きしめた。

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