第11話 ピュロスの戦い4~決着

 エルフ族族長エラニエフの合図で、エルフ族の魔法が放たれた。

 三つの真っ赤な火球が、先頭の騎馬に着弾し爆発する。


 一瞬、鼓膜が破けたかと思うような爆発音が響く。

 爆発の光は、俺の視覚を奪い、一瞬だけ視界がゼロになった。

 爆風にあおられた最前列の盾持ちから、苦悶の声が上がる。


「うおおぉぉおお!」

「クッ……」

「マジか!」


 エラニエフたちが放った魔法の爆発は、先頭の騎馬を吹き飛ばした。

 後続の騎馬は転倒し、さらに後ろを走っていた騎馬の障害物になる。

 騎馬隊の動きが完全に止まった。


「魔法で密集した所を狙え! 矢は逃走する騎兵を狙え!」


 エラニエフが容赦のない指示を続ける。

 連続した爆発音が響く。

 最前列は頭を低くし、俺は腕を顔の前にかざした。


 敵騎馬が密集しているところへ続けざまに魔法が放たれ、横へ逃げようとした騎兵には容赦なく矢で狙撃が行われた。


 ――虐殺。


 思い浮かんだ言葉は、それだ。

 エルフの戦いぶりは、なかなかえげつない。


 目の前では、騎兵が魔法で爆散し、ミンチに変えられている。

 だが、不思議と忌避感はなく、それどころか早く自分の出番が来ないかと、俺の心臓が高鳴っているのだ。


 これは俺の気持ちなのか?

 それとも俺の人格が、ガイア少年の記憶に引っ張られているのか?


 俺は、そんなことを考えながら、手の指をすり合わせ出番に備えた。

 出番は、もうすぐだ……。


「ガイア! 魔法は終わりだ!」


 エラニエフが、魔法攻撃終了を告げた。

 隣に立つアトス叔父上に目線を飛ばすと、アトス叔父上は真剣な表情でうなずく。


 俺は大きく息を吸うと、自分でも信じられないほどの大音声で味方に命令を発した。


「行くぞ! バルバル傭兵軍突撃だ!」


「「「「「ウオオオオオオオ!!!!!!」」」」」


 俺たちバルバル傭兵軍は、敵騎馬隊に突撃を敢行した。


「騎兵は馬から引きずり下ろせ!」


「生き残りには、トドメを刺せ!」


 勢いに乗った味方兵士たちが、口にする言葉は威勢がよい。

 すかさずアトス叔父上が、引き締める。


「油断するな! 敵は、まだ力を残しているぞ! 確実に殺せ!」


 先行するのは、大トカゲ族のロッソ族長だ。

 デカイ図体に似合わず俊敏な動きで騎兵に迫る。


 騎兵が馬上から長槍を繰り出すが、ロッソは素早く体を捻ってかわすと騎兵の腰帯をつかんだ。


「オラッ! 降りて来いよ! 遊んでやるぜ!」


 騎兵はバランスを崩し落馬した。

 ロッソは、すかさず落馬した騎兵にトドメを刺す。


 俺はロッソの横をすり抜け、敵騎馬隊の隊長へ向かう。

 スキル『スマッホ!』の拡大画面を見れば、敵の隊長がどこにいるのか丸わかりだ。


「ウォイ! ガイア! 先行しすぎだ!」


 ロッソの声が後ろから聞こえる。

 だが、俺はお構いなしに足を進め、大声でロッソに呼びかけた。


「ロッソ! ついてこい! 敵の隊長を殺るぞ!」


「ヘッ! 言ってろ!」


 無謀かもしれないが、敵騎馬隊が混乱している今がチャンスだ!

 一気に距離を詰める!


「××××××」

「×××!」


 周りで敵兵が何か言っている。


 何と言っているのか知りたいと思った瞬間、情報ダウンロードが始まった。

 敵の言語を脳にインストールしているのだろう。


 頭痛に顔をしかめながら足を進めると、やがて頭がクリアになった。

 敵兵の話していることが、はっきりと聞こえる。


「横から迂回しろ!」

「ダメです! 弓の使い手がいて、狙われてしまいます!」

「おのれえぇぇぇ!」

「後退を!」


 逃げられてたまるかよ!


 俺は、ヒゲを生やした敵の隊長に、剣を向けながら呼びかけた。


「オイ! そこのヒゲ! 俺はバルバル傭兵軍大将のガイアだ! 俺と戦え! 一騎打ちだ!」


「何を!?」


「それとも臆したか? なら、見逃してやる! 尻尾を巻いて逃げるがいい!」


「小僧! 言わせておけば!」


 敵の隊長は、まんまと俺の挑発に乗った。

 顔を真っ赤にして俺に向かってくるが、敵の混乱はまだ続いていて、騎馬を走らせるスペースがない。

 敵の隊長が窮屈そうに馬をさばく。


「ガイア! やれんのか?」


「ロッソ! 後ろ頼む!」


「わーったよ! 気張れよ!」


 背中をロッソに任せ、敵の隊長に集中する。


 敵の隊長が、狭いスペースの中で器用に槍を操り、俺の顔面に向かって鋭い突きを放った。


「シッ!」


 馬上から繰り出された槍を避けると、左頬が引き裂かれた。

 顔面に激痛が走るが、敵はお構いなしに次の手を繰り出す。


 敵の槍撃を避ける。

 右へ、左へと体を滑らす。


(ヤバイ……。コイツ……、思っていたより強い!)


 敵が放つ槍の鋭さに、冷や汗をかきながら次の手を考える。


 敵は馬上で、俺は地上。

 敵は大人で、俺は子供。


 位置の差、体格差を考えると、まともにやり合っては勝てない。


(そうだ……!)


 無茶な作戦を思いついた。

 だが、これしかない!


 俺は敵の槍をかわす動きから、右手に持った剣で槍を弾く動きに変えた。

 二合、三合と打ち合うと、俺が力負けをして、剣が大きく弾かれた。


 左手で顔面をかばったが、胴ががら空きだ。


「もらったぞ! 小僧!」


 敵が歓喜の声をあげ、槍が俺の胴を貫く。


「グホ!」


 俺は口から血を流しながら、気を失いそうな激痛に耐える。

 そして、剣を手放し両手で敵の右腕をつかむ。


「捕まえたぜ……」


「ヌッ……!?」


 一本背負いのように、俺は体を捻り倒れ込みながら、敵を引っこ抜いた。


「なあああ!?」


 体に突き刺さった槍が折れ、体内で内臓がかき回される。

 もう、痛さを通り越して、何も感じなくなってきた。

 体がヤバイ状態なのだろう。

 だが、あと少しだ……。


 俺の下には、目を大きく見開き顔を引きつらせた敵の隊長がいる。


「小僧……貴様……相討ち狙いか……!?」


「いや、違うね」


 俺の体から煙が立ち始めた。

 シュウシュウと音を立てながら、体が再生していく。


 俺は腹から折れた槍を引き抜くと、両手で強く握った。


「教えてやるよ。俺の体は再生するんだ。だから、相討ち狙いじゃない」


「なっ!?」


「死ぬのは、オマエだけだ!」


 両手に持った槍を、思い切り敵の喉に突き刺した。


「グッ……! ガッ……!」


 敵はくぐもった声をあげ、口から血を吹き出した。


「悪いな。アンタに恨みはない。だが、俺がデカくなるには、アンタの首が必要なのさ」


 血を吹き出した男が焦点の合わない目で、俺を探す。

 男の両手が空をつかむ。

 やがて体が痙攣し、それっきり動かなくなった。


 俺は全身から力が抜けて、バッタリと倒れてしまう。


「ガイア! テメー、大丈夫か?」


 大トカゲ族のロッソが駆け寄ってきた。

 だが、俺は荒い息で返事が出来ない。


「やったんだな? やったんだな!」


「ハア……ハア……。ああ……。俺が……やった……」


「オラ! しっかりしろ! 勝ち名乗りを上げろ!」


 ロッソに抱えられながら、何とか立ち上がる。

 敵の隊長にトドメを刺した折れた槍を高く掲げ、俺は叫んだ。


「敵の隊長を討ち取ったぞ! バルバル傭兵軍のガイアが討ち取ったぞ!」


 俺は敵味方にわかるように、言葉を変えて二度叫んだ。

 俺の叫びは敵味方に伝わり、味方からは歓喜の声が、敵からは失意の声が聞こえてきた。


「ガイアがやったぞ!」

「一気に押せ!」

「追い首を取れ!」


「隊長がやられた!」

「なっ!? あんなガキに!」

「退却だ! 退却!」


 騎馬隊の生き残りが、馬首を返し引き上げ始めた。

 そして、数を減らした敵騎馬隊を、味方の帝国軍騎馬隊が追いかけて行く。


 キンキラ鎧の帝国軍騎兵が、俺を追い抜きざま帝国式の敬礼をし、言葉をかけてきた。


「ご苦労! 後は任せろ!」


 後方に騎兵が回り込んだことで、敵軍が大きく崩れた。

 そして帝国軍歩兵が敵を押し込み、時間にしたら一時間くらいだろうか、敵アルゲアス王国軍は敗走した。

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