第4話 帝国絶対許さないマン

 その後、俺は熱を出した。

 情報インストールと帝国にボコボコにされたせいだ。


 横になっていると体のあちこちに出来た傷が治って行く。

 体からうっすらと白い煙があがり、耳を澄ませると、シュウシュウと傷口から音がしている。


(ああ、これか! 神様がくれた転生特典……、お詫びの一つ『丈夫な体』か……)


 俺は草の上で横になりながら、そんなことをボンヤリ考えていた。


 神様は約束通り俺に特別な力を与えてくれた。

 再生能力のある丈夫な体と情報を取得する能力だ。


 神様からのメッセージもインストールされたが……。


『自由に生きろ! レッツ! エンジョイ! スキルを役立ててね!』


 という、非常にアバウトなメッセージだった。


 再生能力は早速役立っている。

 殴られて痛いことは痛いが、体が勝手に治ってくれるのはありがたい。


「ガイア。帝国との折衝は、私がやる。お前は寝ていろ」


「お願いします……。アトス叔父上……」


 何やら帝国との交渉があるようだが、アトス叔父上に丸投げした。

 体は再生しているが、一気に大量の情報が頭に流れ込んだせいか、クラクラするのだ。


 すぐに眠くなるので、昼間からウトウトする。


 目をつぶると沢山の映像が頭に浮かぶ。

 ガイア少年の記憶だ。


 神様は、死んだガイア少年の体に、俺の魂を入れ込んだらしい。


 彼の人生をなぞるように、俺は夢を見る。


 ――幸せな子供時代。

 森の中に、ガイアの部族の村がある。

 優しい母、厳しくも頼もしい父。


 家族一緒に食事をし、小さな畑を耕し、森に住む獣を狩る。

 夏には川で泳ぎ、雪の降る寒い冬は、部族で助け合う。

 貧しいながらも、幸せな生活……。


 ――だが、帝国がやって来た。

 強大な帝国に支配される部族。

 武力による恫喝が行われ、重い税が課せられる。

 税が納められなければ、村の住民が奴隷として連れて行かれてしまう。


(やめろ……)


 幼馴染みの子供たちが、奴隷として連れて行かれる。

 首と手に縄を打たれ、数珠つなぎにして帝国に連れて行こうとする帝国兵。


(やめろ)


 村の大人たちが帝国兵に懇願する。

 だが、帝国兵は一顧だにしない。

 すがる母親を足蹴にし、泣く子供たちを無理矢理帝国へと連れ去る。


(やめろ!)


 父たちは蜂起する。

 帝国の圧政に立ち向かったのだ。

 近隣の諸部族と一緒に帝国へ戦いを挑んだ。


(やめろ!!)


 だが、戦いは一方的な虐殺に終った。

 父たちは、敗れたのだ。


 全身を槍で貫かれた父。

 馬蹄にかけられ、肉塊に成り下がった母。

 部族の大人たちが、命を刈り取られて行く。


(やめろ!!!!)


 飛び出そうとする俺をアトス叔父上が止める。

 だが、俺はアトス叔父上を振り切り、帝国兵に吶喊した。

 周りを無数の帝国兵に囲まれ、叩かれ、突かれ、斬られ……。


 ――そして俺は、死んだ。


「やめろー!!!!」


「ガイア! おい! ガイア!」


 目を覚ますと心配そうに俺をのぞき込むアトス叔父上の顔があった。



 *



 二日後、帝国軍は引き上げ、俺たちは家に帰ることを許された。

 帰る道すがら、アトス叔父上から事情を聞いた。


 俺、ガイアは、ブルムント族という部族の族長の息子だ。


 ブルムント族は、帝国の北側に住んでいて、帝国からはバルバルと呼ばれている。

 バルバルは、野蛮人とか、非文明人とかいう意味で……、まあ、悪口だな。


「バルバルねえ……。じゃあ、俺たちブルムント族が、バルバルなのですね?」


「いや、帝国の連中は、北に住む部族をひとまとめにしてバルバルと呼ぶのだ」


「なるほど」


 叔父が俺の質問に丁寧に答えてくれるので、非常に助かる。

 面倒見の良い人なのだろう。


 俺は情報インストールで、ガイア少年の記憶を継承した。

 だが、少年の記憶なので家族や友人の記憶がほとんどで、この世界の情報は記憶になかった。


 アトス叔父上が提供してくれる整理した情報で、この世界の理解が深まる。



 ――今は、帝国と戦争した後だ。


 アトス叔父上によると、今回の戦は俺の父が仕掛けたらしい。


 父は、帝国がバルバルと呼ぶ諸部族をまとめて、帝国に対抗しようとした。

 だが、すぐに帝国軍が動き、俺たちバルバル軍は蹴散らされた訳だ。


「しかし、よく我慢したな! 偉いぞ!」


 天幕で俺を蹴りまくったのは、帝国の皇太子だそうだ。

 俺が皇太子に蹴られ続けたことで、帝国軍の連中は溜飲を下げた。


 俺は突然のことで、何も出来なかっただけなのだが、アトス叔父上は、俺がブルムント族の為に我慢したと良い方に勘違いしてくれた。


 まあ、結果オーライだ。


 皇太子に蹴られた傷は、もう、治ってしまった。

 再生能力が付いた俺の体は、すぐに傷が治る。


 ブルムント族の村へ向かって、二人で森の中を歩く。

 仲間たちは、死ぬか、逃げるかした。


 腹が減っているが、食料もない。

 負け戦とは、辛いものだ。


 気を紛らわせるために、アトス叔父上と話しながら歩く。

 俺がポツリとつぶやいた。


「父も母も戦死しましたね」


「ああ、お前の父は勇敢だった! お前の母も一緒に勇敢に戦った! 二人とも部族の誇りだ!」


 熱を出して寝込んでいた間に見たガイア少年の記憶が、再び頭の中に浮かんだ。

 戦場で見た父と母の無残な最期……。


 ああ……。

 俺にとっては、赤の他人のはずなのに……。

 赤の他人の記憶なのに……。


 ――この怒りは何だ!


「アトス叔父上……」


「なんだ? ガイア……泣いているのか?」


「泣いていません! 俺は怒っているのです!」


「そ、そうか……」


 腹の底から湧き上がる怒りを、俺は抑えられなかった。

 日本では味わったことのない激情……。


 これは本当に俺の気持ちなのだろうか?

 死んだガイア少年の気持ちなのだろうか?


 わからない……。


 だが、理不尽な支配を行う帝国を。

 父と母を殺した帝国を。

 俺は許すことが出来なかった。


「帝国を……許さない……!」


「そうだな、そうだな」


「俺が……、カタキを取る……。父と……、母と……、部族の……みんなの……」


「ああ、そうだな」


「俺が族長になって、必ず帝国を滅ぼす!」


「うん、うん」


 アトス叔父上は、俺の肩を抱き、ずっと俺の言葉に相槌を打ってくれた。

 その声は暖かく、でも、肩に置く手は少し震えていた。


 やがて、森の向こうに俺たちの村が見えた。


 村の入り口には、ブルーベルの花が咲いている。


 父と母が『お帰り』と迎えてくれた気がした。

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