第27話


「……?」


いつものように頼りない灯りの中で、書庫から持ってきた何度も読んだ本に目を通していると、扉の向こうで話し声が聞こえてくるので思わず顔を上げる。するとノックと一緒に「お嬢様、失礼します」と侍女の声が聞こえて返事をすると扉が開く。


「お食事をお持ちしました。お嬢様、今日はなんといつも料理を作ってくださっている方にわがままを言って来て頂きました。私の語彙力では料理を上手にお伝えしきれないので、お入り頂いてもよろしいでしょうか?」


普通に考えれば公爵家のお嬢様の部屋に、料理人が足を踏み入れるなんて聞いたことがない。


お嬢様の部屋の扉の前で室内が視界に入らないようにリリアの斜め後ろに立つアッシュは、気を紛らわせようと廊下の花瓶に飾られた名前も知らない花に視線をやりながらそう思った。


あれから用意が落ち着き夕食が出来たので、リリアに声をかけると嬉しそうに感嘆の声を上げたかと思うと、ハッと何かを閃いたような表情になり、じっとこちらの顔を見たかと思うと、


「アッシュさん!一緒についてきてお嬢様に料理の解説をお願いして良いですか?ちょっとでいいので!あっ、早くしないとせっかくの料理が冷めちゃいますね。さぁ、行きましょう!」


とほぼ強制的にここまで連れてこられたのである。断ろうとしたが、押し問答をしている間に料理が冷めてしまえばそれこそこっちに来た意味がなくなってしまう。


絶対許可されるわけがないだろうと、そっと部屋から離れようとした時、ひょこっと扉からリリアが顔を出し、


「アッシュさん、お願いしま……何帰ろうとしてるんですか!」


と小声で怒られ、部屋に入ることになってしまった。どうやらお嬢様が了承したらしい。リリアはお嬢様の元へ行き、


「お嬢様、お名前を尋ねて頂いてよろしいでしょうか?」


その言葉に「なまえは?」と天蓋の中から少し戸惑ったような幼い声が聞こえる。


「お嬢様、突然申し訳ございません。アッシュ・フローレスでございます。こうしてお会い出来て光栄です」


うやうやしく頭を下げ、敬意を表する。まさかただの一介の料理人に過ぎない自分が、お嬢様に挨拶させて頂ける日が来るなんて考えたこともなかった。


「お嬢様、決してこちらからお嬢様を覗いたりしませんので、少しだけ天蓋の間を開けて頂いて、料理を見て頂くことは出来ますか?」


リリアがそうお願いすると、テーブルの高さの位置に合わせて、カーテンのようになっている天蓋の切れ間から小さな手がそっと出てきてほんの少しの隙間が出来る。


か、可愛い……っ!!


お嬢様のその所作に悶絶しそうになるのをリリアは一人ぐっと堪えて、


「ではアッシュさん、今日のお食事の説明をお願いします!」

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