第25話
泥だらけの制服を脱ぎ、さっとシャワーを浴びる。知らない世界に来て、無いと困るのは水道・電気・ガスだが、有難いことにどれも整っていたし、使い方もそう変わらなかった。なんだったら一人暮らししていた元の世界の頃よりも贅沢に使えている。
身なりを整え終えて必要なものを持ち、お嬢様の部屋の扉をノックし声を掛ける。この時間はまだ隣の書庫にいるので、少し待ってから返事がなければ部屋へ入って良いことになっていた。
相変わらずカーテンが閉められて薄暗い。明かりをつけてから部屋の掃除を始めるが、正直なところ掃除といってもお嬢様は散らかしたりはなさらない方なので、初日は指示されていた箇所はあっという間に掃除が終わってしまったので、あとはどこを掃除すればいいものか迷ったが、よく見るとちょっとしたところに溜まった埃を発見した。
昨日届かなかった場所のために、今日は脚立を用意したのだが、掃除の時に使いたいので。と頼んだ時のギィシアの珍妙なものを見るような表情はちょっと面白かった。
書庫へはお嬢様の部屋の中からしか出入りが出来ないようになっているので、唯一繋がっている扉をノックする。
「お嬢様、リリアでございます。今からお部屋のお掃除をさせて頂きます。ご用がありましたら、何でも仰って下さいね」
「……わかったわ」
間を置いていつもの淡々とした返事が返ってくる。本来は書庫まで聞こえるので最初のノックと声掛けだけで良いとギィシアからは言われていたが、少しでもお嬢様とお話出来る機会を増やしたくて、少しでも一人じゃないと感じてくれていたら良いなと願いながら声を掛けることにした。
よいしょと脚立を立てて、ぐらつかないかチェックしてから登っていく。予想通り、目に届きにくい場所にはしっかり埃が溜まっていた。埃が下に落ちて舞わないように慎重に拭いていく。
ふっふっふ、私を前にして逃れられる埃はいない。
このお部屋と書庫がお嬢様にとっての世界の全てと言える。決して今のままで良いとは思わないが、少しでもお嬢様の過ごす環境を綺麗にしておきたい。それから一通りの作業を終え、また扉をノックする。
「お嬢様、もしお嫌じゃなければカーテンと窓を開けて部屋の空気を入れ替えたいのですがよろしいでしょうか?」
「……すきにして」
小さく声が返ってきて、ほっと胸を撫でおろす。光を遮っていたカーテンを引き、窓を開けると別の部屋のように明るくなり、そよそよと穏やかな風が運ばれてきた。いくつかある窓も同じように開けていく。
「お嬢様、空気を入れ替えている間、私とお話してくださいませんか?」
扉越しに声を掛ける。戸惑ったような声で、
「どうして……?」
と問われた。どうしての言葉の意味を量りかねて慌てて続ける。
「お嬢様とお話がしたくてわがままを言ってしまいました。読書のお時間ですもんね、邪魔するようなことを言って申し訳ありませんっ」
扉越しにおろおろとして思い切り頭を下げると、
「……じゃまじゃないわ」
と先程よりもはっきりと声が聞こえてきた。どうやら扉の方に移動してくれているようだった。
「なにを、はなせばいいの?」
「で、では……そちらは書庫だと伺ったのですが、お嬢様はどんな本をお読みになるのか気になります」
会話に応じてくれたのが嬉しくて、ドキドキしながら質問をしてみる。
「どんな……ここにあるほんはぜんぶ、よんだけれど」
「全部読まれたんですね、私もよく本を読むのでどんな本が置いてあるのかわくわくしてしまいます」
「……あなたもよむの?」
「ええ、自分の知らない世界が広がっていて、本を読むのは大好きです」
それっぽいことを言っているが小難しい本は読まず、いわゆるライトノベル派……というのはそっと心にしまっておこう。
「わたしも、すき……」
お嬢様のその言葉に胸がぎゅんっと締め付けられる。良かった、ちゃんと好きだと思えるものがあって本当に良かった。
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