第18話
着替えが終わると、屋敷の使用人のまとめ役をしている初老の男性ギィシアに連れられてお嬢様のいる部屋の前へとやってきた。お嬢様はまだ六歳。とても大人しいお嬢様なのだとギィシアは言っていた。
頑張ると言ったものの、ここまで来たら緊張してきた……
せっかくビアンヌさんに紹介してもらい、わざわざ彼に案内までしてもらったのだ。ぎゅっと握った手の汗をスカートで拭う。
ギィシアが声をかけ部屋へと入ると、カーテンが閉め切られた部屋は、まだ昼過ぎだというのにひどく薄暗い。お嬢様はどこにいるのかと思ったらベッドの方から動く気配がある。
「お嬢様、新しくお嬢様にお仕えする者でございます」
天蓋が下りたベッドからはうっすらとお嬢様のシルエットは確認出来たが、どんな方なのかは分からない。教えられたとおりのお辞儀をする。
「お嬢様、初めまして。お嬢様にお仕えさせて頂くことになりました、リリア・ディミローと申します」
「……そう」
関心がないのだろか。少し間を置いて、小さな返事が聞こえた。
顔合わせと呼べないようなあっけない挨拶が終わり、部屋を後にして早速仕事に取りかかる。
溜まっていたお嬢様の洗濯物から片付けていくのだが、洗ったり干したりという工程は外の業者に任せているので、届いたものを仕分けて、次の洗濯物をまとめておくだけなので、大量のシーツや服を自分たちで洗濯していた病院の時よりもずっと楽だった。
大変な仕事ではあったけど、終わった後の達成感がすごかったなぁ。なんてことを思い出しながらせっせと仕分けていく。
「えっとこれが枕のカバーで、これがバスタオルっと……ん?」
チェック表と届いた洗濯物を見比べ、違和感を感じる。
「なんでシーツだけ新品に?」
他の洗濯物と違い、シーツだけが未開封の袋に入っていた。過去のチェック表を見てもシーツだけは新しいものへと変わっている。
「んー……まぁいっか。あっ、そうだ。今日は天気が良いから洗濯してもすぐに乾くな」
肌に触れる新品のものは一度洗っておくのよ、と母に教えてもらったことがある。せっかくだから少しでも気持ちよくお嬢様に過ごしてもらいたい。残りの仕分けを終えて早速シーツを洗濯することにした。
その後は掃除や様々な仕事をギィシアの指導を受けて、時間は目まぐるしく過ぎていった。夕食の時間となり、部屋で食事を取るお嬢様のために本邸で用意されたものを運ぶ。
「お嬢様、失礼します。お食事をお持ちしました」
陽が落ちてより暗くなった部屋には、繊細な細工が施されたキャンドルホルダーに入った蠟燭の光だけが唯一の光源となっていた。お嬢様は相変わらずベッドの天蓋を下ろしているので、ベッドの近くのテーブルへと食事を置く。
「リリア・ディミロー」
名前を呼ばれるとは思ってなかったので、びっくりして思わず大きな声ではいっ!と返事をすると、お嬢様も驚き天蓋越しのシルエットがびくっと跳ねる。
「おっ、大きな声を出してしまいすみませんっ……なんでしょうか?」
何かやらかしてしまったのか、いや今やらかしてしまったのだが……恐る恐る問いかけると、
「……シーツがあたたかいのはなぜなの」
しばらくの沈黙の後そう問われる。
決まった時間に隣の部屋にある書庫へ移るお嬢様に合わせて、ベッドメイクや部屋の掃除を行うことになっており、その時にすっかり乾いたシーツも使用した。
「シーツが新品で届いておりましたので、一度私の方で洗濯させて頂きました。今日は天気が良かったので、まだぽかぽかしているのですよ」
ああ、これはやらかしてしまった。意気揚々と洗濯したが、もしや新品の状態にこだわりがあったのかな……。
答えながら心の中で頭を抱えていると、
「……そう」
とだけ、返事が返ってきた。気のせいかもしれないが、挨拶の時よりも少しだけ、ほんの少しだが、お嬢様の感情が乗っている気がする。
怒ってるわけじゃ、ない……のかな?
ドキドキして待っていると、
「……しょくじをいただくわ、さがってちょうだい」
また淡々とした声色に戻ったので大変失礼しましたと頭を下げて慌てて部屋を後にする。
侍女が慌てた様子で部屋を出て行ったのを確認して、ベッドから出て天蓋を開ける。用意されている食事からは、冷え切っていた今までの料理とは違って、湯気と一緒に食欲を誘う匂いが広がり、そっとスープに口をつける。
「……あったかい」
ぽつんと言葉が漏れる。あのぽかぽかしたシーツに触れた時のように、心の冷たくなった部分にまで温かさが染み込んでいくような、不思議な気持ちになった。
いままでのひとたちとちがう……
そんな考えを振り切るように首を横に振る。
どんなひとがきたっていっしょだ……
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