第17話
「お世話になりっぱなしですみません……」
右隣を歩く彼に申し訳なくなり頭を下げると、なんてことはないと言わんばかりに手をひらひらとさせる。
「ちょうどこっちに用事もあったし」
賑わう大通りを抜け、私たちは今ラナンキュラス家の広大な屋敷へと向かっている。
ただ向かうだけでなく、何かあった時にビアンヌの店に戻ってきやすいように、彼が目印になるような店や建物を見つけては指差し、地図に印をつけてくれる。
「困ったことがあればビアンヌを頼るように」
そう話す彼からビアンヌに対する信頼が見え、印とメモだらけの地図からは私が迷うだろうという確信めいたものを感じる。
そうこうしている間に指定された場所まで辿り着いた。圧倒される厳重な塀に囲まれて中の様子はまだ分からない。
そわそわしていると、裏口らしいところから初老の男性が現れる。
「ビアンヌ様からご紹介のあったリリア様ですね、お待たせしました。中へどうぞ」
「じゃあ俺はこれで、これなくすなよ」
男性が現れたのを確認した彼は、地図を渡してさっさとその場を去ろうとするので、慌ててマントを掴むと立ち止まってくれた。
「あの、本当にたくさん助けて頂いてありがとうございます!絶対……絶対に恩返しさせてください!」
そう力強く言うと、表情は見えないが、くっと笑った声が聞こえる。
「声でかいな……期待して待ってるよ」
そう言って彼はまたひらひらと手を振り、今度こそ去っていく。精一杯の感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げる。
その様子を微笑ましく見ていた男性に案内されて、私もようやく屋敷の中へと入っていった。
「……というわけで、先程案内させて頂いた場所が本邸になりまして、リリア様に勤めて頂くのはこちらの廊下の先にある離れの別邸となります。」
使用人たちが行き交う厨房や洗濯部屋を抜け、調度品が飾られた長い廊下に着く。いくつも並んだ大きな窓から、手入れが行き届いた奥行きのある庭が見える。
すでに脳のキャパを超える屋敷の広さに、不安でいっぱいなのが顔に出てしまっていたのか、
「リリア様には基本的にこちらでお仕事をお願いするのですが、本邸と比べると設備や部屋数はあまりないので、ゆっくり覚えてくださいね」
と落ち着かせるような穏やかな声で話してくれる。
確かに案内された別邸は、部屋数も限られていて厨房や洗濯部屋も本邸と違い、少人数で使うようなこじんまりとしたものだった。
住み込みのための案内された部屋は陽の光がよく入る明るい部屋で、新しい環境で緊張していた心をほどいてくれる。
部屋に荷物を置き、早速用意してもらった制服へと着替える。
肌触りが良い簡素な黒いワンピースに、白くてふわりとしたエプロンをつける。
「おお、これが世に言うメイド服……」
なんてことを呟きながら、鏡に向かい髪をくるくると纏めてお団子にする。先程本邸で見た同じ制服を着た使用人の女性たちも同じように髪を纏めていたので真似をしてみる。
そういえば、案内されている私を見た使用人たちが、気の毒そうに遠巻きにこちらを見て、前を歩く初老の男性と目が合いそうになると、さっと視線を逃がして自分の仕事へ戻っていたのが気になった。
「すぐ辞めちゃうんだろうなって思われてるのかな……」
これだけの好条件な仕事環境の要因になっている、気味悪がられてしまうお嬢様とは一体どんな子なんだろうか。
……エディ先生のように、私もその子に寄り添えるだろうか。
いくらでも出てくる不安の種を潰すように、力強く頬を両手でぱんっと勢いよく叩いて気合を入れる。
「よーし!いっちょ頑張りますか!」
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