第15話

そして予算や間取りの希望を伝えて、彼にも話したようにビアンヌにも、地方から出てきたばかりで住むところが決まれば働きたいと話すと、それならばといくつか候補を出してくれた。


ビアンヌの店では部屋だけではなく、仕事の仲介も請け負っていて、ガーネットの時のように住み込みだったり、寮を完備しているところも取り扱っている。


そういうところなら仕事先も見つけられて家賃も浮くので、大変ありがたい。宝飾店や飲食店など豊富な業種で一つ一つ目を通してみると、給与も待遇も良いものばかりを揃えてくれているのが分かる。


そんな中、一枚の紙に手が止まる。


『ラナンキュラス家の住み込みでの使用人』


なんだろう、ラナンキュラスという字面に見覚えがある。どこで見たんだろう、病院の患者さんだっただろうか……。


そんなことを思いながら、内容を見てみると屋敷での業務がいくつか箇条書きで記されている。裏面にめくると、制服の支給に三度の食事付き、住み込みにかかる費用を全額負担でなおかつ独立した一人部屋を用意と間取り付きで記載されて、破格の待遇だった。


なんかここまで良いと逆に怪しい……と難しい顔をしていると、どれどれとビアンヌが乗り出す。


「ああ、ラナンキュラス様のところね。すごく良いでしょう、でもほらここ」


ビアンヌが業務の下に書かれた文字を指差す。専属業務が含まれるため、女性限定と記載されている。


「ラナンキュラス様は公爵家でね。使用人ともなるとそこそこの身分のお嬢様が花嫁修業を兼ねて働いたりするんだけど、ちょっと訳ありでね」


ちょいちょいと顔を近づけるように手招きされ、店には他に誰もいないのに何故か小声で話し出す。


「なんでも一人娘のお嬢様の身の回りのお世話が仕事なんだけど、部屋にこもりきりらしくて気味悪がって皆すぐ辞めちゃうんですって」


そして一度悪い噂が立ってしまえば敬遠されて次が難しくなってしまうらしい。


だからこんなに条件を良くしているのかと納得する。理由が分かればどうということはない。病院でも人と会うことを拒む患者さんがいて、エディ先生は根気よくそういう人たちに寄り添っていたのを近くで見ていた。


「……あの、私ここにしたいです」


その言葉にビアンヌは目を丸くする。


「私、実家にいた時はお世話になってた病院でお手伝いをさせてもらってて。同じように閉じこもってしまっている人には色んな事情がおありでした。だから、お部屋にこもってしまったお嬢様を気味悪いなんて思いません」


自分で思っていたよりも強い意志を含んだ言葉が溢れていた。言い終えてはっとする。


「あっ、でも私そこそこの身分に当てはまるでしょうか……」


ごそごそと鞄を漁り、父に持たされた身分を示すという花の形をあしらった碧色の宝石がはめられたブローチを見せる。本当は胸につけておくべきなのだが、すごく高そうだし、長い船旅でうっかり海にでも落としてしまったらと思うと怖くて、鞄の奥底に壊れないようハンカチで包み木箱に入れて仕舞い込んでいた。


そっとハンカチを広げビアンヌに見せる。実家の身分がどういった位置なのか、ちゃんと調べてくれば良かったと悔やまれる。


ビアンヌは手袋をはめてブローチを受け取り、様々な方向からじっくりと眺める。ドキドキしながらその様子を見守っていると、うーんと唸りながらブローチを私へと返す。


そしてゆっくりと両手で大きく丸をつくり、笑顔を見せた。














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