第11話
ガーネットとの名残惜しい別れの後、両親へは手紙で事情を伝えた。
船旅で自分を支えてくれた恩人に働き口を譲ったこと。自分は別の仕事を見つけたので心配はしなくていいことを、エディ先生には楽しくやっていけそうだ。と当たり障りのない言葉を並べた。
まぁ、別の仕事なんて決まってないんだけどね。
手紙を出し終え、大きな噴水のある広場のベンチに座りながら美味しそうな匂いにつられて買ったパンを頬張る。
「うっ、うまぁ……」
カリッと焼いたベーコンと、とろっとした濃厚なチーズが手のひらサイズに切られたフランスパンの間に挟まって口いっぱいが幸せに包まれる。
石畳や赤煉瓦を積み上げてできた建物に行き交う人たちの服装、明らかに元の世界とは異なるが、食べ物が口に合うのが本当に救いだった。家で食べたご飯も、船旅で出たご飯も美味しかった。
割引シールが貼られたお惣菜とパックのご飯にインスタントのお味噌汁で済ませていたあの頃にはもう戻れない……
なんて事を思いながらあっという間に食べ終わり、ぱっぱっと手についたパン屑を払う。
「よーし、まずは住むところ頑張って探すか」
ありがたいことに両親と病院で手伝っていた分としてエディ先生から、ある程度まとまったお金を貰っているので、切羽詰まって仕事を探さなくても済む。
とは言え、限りあるお金を大事に使っていきたいので、出来れば安くてお風呂とトイレは分かれてるタイプで日当たりが良くてゆったり出来る広さがあって買い物がすぐに出来るけど閑静な方が……いや待て、まずこの世界って賃貸制度あるのか?
通りすがりの物腰が穏やかなご婦人に声を掛けると、質問の内容にきょとんとしていたが、田舎から出てきたばかりでよく分かってなくてと話すと快く教えてくれて賃貸制度があるということが分かった。
そうと分かれば仲介してくれる店もあるらしいのでそこに行くのみ!と意気込み、街を観光も兼ねて歩いていただけのはずなのに、何故こうなったのか。
気付くと人気のない道に入り込んでしまった。先程の賑やかさとは打って変わって、昼間とは思えないような薄暗い陰気な雰囲気が漂っている。怖くなって踵を返すとどんっと何かにぶつかる。
「ってぇな……」
怒気を含んだ声に血の気が引く。恐る恐る顔を上げるとこちらを睨みつけ、見える肌全てにびっしりとタトゥーを刻んだ大柄の男が立ち塞がっていた。
「すっ、すみませんでした……!」
慌てて頭を下げて横をすり抜けようとすると行く手を阻まれる。
「あ?ぶつかっておいて謝るだけで済むと思ってんのか」
「あーあ、ちゃんとお詫びしないとダメじゃん」
後ろから煽るような声が聞こえて振り返ると、大柄の男の仲間だろうか。下品な笑い顔を浮かべた細身の男がいつの間にか後ろに立っていた。
「ゆ、許してください……っう」
二人の間から逃げようと試みるが細身の男に腕を強く掴まれる。
「逃げない逃げない、まずは持ってるもん全部渡そうね。その後は俺らの相手でもしてもらおっかなぁ。そしたら許してあげても良いから」
舐め回すような視線にぞっとして手を振りほどこうとするがびくりともせず、ただ掴まれる力が強くなってしまう。油断してた、この世界に来てから優しい人に恵まれてこんな下劣な人間はいないのだと勘違いしていた。後悔しても遅く、ただ必死に精一杯の声で叫ぶ。
「嫌です……やめてください!」
「うるせぇな、黙って言うこと聞っ……」
大柄の男が殴りかかろうと腕を振りかざす。たまらずぎゅっと目をつぶって身構えるが衝撃は訪れず、代わりにドサッと音がしてそっと目を開けると足元に男が倒れ込んでいた。
何が起きたのか理解できずにいると、細身の男がひどく焦った声色で喚いたと思った瞬間に、力が抜けたように地面に崩れ落ちた。
「大丈夫か」
呆然とその様子を見ていると、後ろから声が聞こえてびくりとする。倒れている大柄の男の後ろに精悍な顔つきをした男が心配そうにこちらを見ていた。
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