第10話

遡ること数分前


工房で作業を夢中で見ているガーネットに手の空いたご婦人や若い子たちが寄ってきて、これはここでしか取り扱ってない生地なんだよ、これは裁断が難しいからと盛り上がり、ガーネットもそれを熱心に聞いていた。


その様子をにこやかに見ていたオーナー夫婦に相談したことがあると声をかけ、そっと工房を抜ける。


「君の代わりにあの子を?」


突拍子なく持ちかけた相談に、不思議そうに顔を見合わせる夫婦に頭を下げる。


「そうです、父から紹介してもらっている身でこんなことをお願いするのは大変厚かましいのですが、私ではなく彼女を雇って頂きたいんです」


「理由を聞かせてもらえるかしら?」


そう夫人に尋ねられ、私は着ているドレスの裾を持ち上げる。


「実は私、ここに来るまでの船旅の中で何度か吐いてしまって。一度、船が大きく揺れた時、着ていた服にかかってしまった時があって。替えの服は洗濯してびしょびしょで……すごくみじめな気持ちになって、泣きながら服をぬぐっていた時に彼女が私にこの服をくれたんです」


そう、ガーネットは見ず知らずの嘔吐物で汚れた私を心配して声をかけ、すぐ自分の着替えの服を用意してくれたのだ。


その時、ガーネットより低いリリアの身長の着丈にあうよう自分の裁縫道具を開き、躊躇なく布に針を通し調整する姿に感動した。縫い目はミシンのように規則正しく手縫いとは思えない。


後で聞いたのだが、自分で手頃な価格で丈夫な生地を探して仕立てていくのが好きで、この服や持ってきた服、それに家族の服もガーネットが仕立てた物だという。彼女は自慢するでもなく、そっちの方が安いからと笑っていた。


「ちょっと失礼……うん、生地の癖をよく理解しているね。これは良い仕事をしているなぁ」


「あら本当、綺麗な縫い目に糸の処理も丁寧にしているわ」


ガーネットが仕立てた物だと話すと、どれどれと主人は全体を眺め、夫人はしゃがんで詰めた裾を手に取りふむふむと頷いていた。


「着心地もすっごく良いんです。彼女の作った素晴らしい服をもっとたくさんの人に着てほしいと思いました。それに服や生地、裁縫に関することをいつも楽しそうに教えてくれて、本当に好きなんだなぁって伝わってきて。そんな彼女にこの素敵な場所で活躍してほしいんです、どうかお願いします!」


私はもう一度、先程よりも勢いよく深く頭を下げると、夫婦はそういうことならと了承してくれて今に至る。


「私からもお願い、私ガーネットちゃんの作る服がすごい好きになったの、この場所ならその服をたくさんの人に知ってもらえて着てもらえる機会もある。だから、ここには私じゃなくてガーネットちゃんにいてほしい」


驚いている彼女の手を握り、切実に懇願する。少ししてから彼女の表情がみるみる崩れてわんわん泣き出した。長い船旅でも泣きまくっていた私とは逆に、いつも明るく笑っていた彼女が泣いたところを一度も見たことがなく、おろおろしながら彼女の背中をさすった。


「そんな……っそんな風に言われたら嬉しいやんかぁ……さっきもな、工房の人たちと話してたら皆良い人やし、めっちゃ楽しくて……ここで働けたら幸せやろうなぁって思って……でもここと同じくらい素敵な場所、自分で見つけられるか不安で……ほんまに、ほんまにうちここで働かせてもらえるん……?」


つられて少し涙ぐみながら大きく頷き、涙で濡れた頬をハンカチでぬぐってあげる。私が泣いた時、いつも寄り添ってくれたガーネットがそうしてくれたように。



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