第8話

エディ先生への気持ちが、頼れる先生から淡い恋心を抱く相手に変わってのんきにときめく日々が続いたある日のことだった。


激務が続き、ソファで仮眠をとっていた先生を見つけたので、毛布をかけようとした時。


「リリア……どうして」


苦しそうに顔を歪め、泣いていた。手には大事に握ったしおりがあった。


以前、この国のことが分かればとたくさん本を借りたことがあった。その本の束からはらりと落ちた何かを拾うと、勿忘草の押し花が印象的な細かい装飾のついた綺麗なあのしおりだった。


後で先生に渡すと、一瞬驚いた表情を浮かべ、失くしたと思っていたよ、ありがとう。とぎこちない笑顔をしていたのを覚えている。お嬢さんからのプレゼントなんだ。エディ先生はそう言っていた。


エディ先生は、リリアのことを愛していたんだ。


切実にお嬢さんではなくリリアと名前で呼ぶ声と、流れる涙を見て気付いてしまった。


その日、自室に戻ってからもエディ先生の姿が目に焼き付いて離れず、ついに今まで開けることがなかった机の引き出しの奥に入っていた日記帳を、リリアちゃんごめんと謝り、おそるおそるページを開くとそこには、十六歳の少女の隠した恋心が綴られていた。


日々その人との何気ないやりとりに一喜一憂したこと、彼の素敵なところ、ちょっと抜けているところ、自分のことはきっと歳の離れた妹のようにしか思っていないだろう、それでも一緒に過ごす時間は本当に嬉しいこと。


名前は伏せられていたが、エディ先生のことだとすぐに分かった。


泣いたんだろう、ある日を境に日記帳の文字がにじんでいた。婚姻が決まった日だ。


この気持ちを伝えたら、きっと迷惑になる。この日記帳も、この想いと一緒に捨てなきゃと最後のページには書かれていた。


その文字が私の涙で更ににじんでしまう。


誰にも知られず、互いの気持ちさえ隠したまま、それでも確かに二人は想いあっていた。どちらかが傷付くことを恐れずに想いを打ち明けていたら、結果は違っていたかもしれない。


エディ先生が時折悲しそうに見つめるのは、私ではなくリリアを見ていたんだ。


どんなにつらかっただろう。目覚めて初めて話した日、特別な目を持つ彼はすぐに目の前の彼女がリリアではなくなっていると分かってしまった。


それでも、周りに気付かれないよう泣き叫びたい心を押し殺して平静を装っていた。


私がリリアとして生きられるように思い出を語っていた時、リハビリのための散歩に付き添ってくれた時、何度も助けてくれた時、どんなに苦しかっただろう。


このままじゃ駄目だ、ここにいればエディ先生はずっとリリアの姿をしているのに、リリアじゃない私を見てまた心を痛めてしまう。そんなのは耐えられない。


この日記帳はエディ先生に渡そうかとも思ったが、余計に傷つけてしまうかもしれない。でも、この想いを捨てなければと願ったリリアの気持ちをないがしろにはできなかった。


迷いに迷って、私はいつか来るかもしれない日のために、日記を人目につかないよう南京錠をつけた箱に移し、クローゼットの奥へと隠した。


そして私は、リリアとして私を愛してくれるこの家から、リリアではない私に苦しむ人がいるあの病院から、逃げるように旅立った。



















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