第7話

「あー、洗濯日和だなぁ」


大量の真っ白なシーツを干し終えて、うーんと大きく伸びをする。私がリリアになってからあっという間に三ヶ月が過ぎた。寝たきりでバキバキになった身体も自由に動くようになってきた。


当初は心配で家から出したくない両親の意思を汲んでリリアの自宅で療養していたが、事故の影響で多少記憶が曖昧になっているとエディ先生がそれっぽく説明してくれたものの、いつボロが出てしまうか分からない状況は心臓に良くなかったので、頼み込んでリハビリの名目で日中は病院の手伝いをさせてもらっている。


リリアは以前からよく病院に手伝いで通っていたおかげで、特に怪しまれることはなく、両親がお前がそう望むならと了承してくれた時はほっと胸をなでおろしたものだ。


リリアを心から想う二人に真実を伝えることはあまりにも酷で、私にはできなかった。


「お嬢さん、お疲れ様。洗濯物ありがとう」


後ろから声がかかり振り返ると、ティーセットを持ったエディ先生が穏やかに微笑んでいた。診察が終わって一息つくと、こうしていつもお茶に誘ってくれる。


「今日は天気が良いから庭でどうかなと思ってね」


ヒィーッ、すっごい好き!!!


内心叫びそうになるのをぐっと抑え、笑顔でいいですねと応える。手伝いに来るようになり、気付いてしまったのが先生への淡い恋心である。強がってみたものの、正直不安でいっぱいになっている私をエディ先生は見守り、支えてくれていた。


あと顔が良い。もちろん顔だけで好きになったりはしない。患者さんに対していつも真摯な姿も最高に格好良いし、激務終わりの夕方になると、朝剃ったであろう顎髭がちょっと伸びた、あのくたびれた感じがなんともたまらん。


あとリリアちゃんの容姿も気になり、初めて鏡でリリアの顔を見た時の話だが、とんでもなく可愛い。派手な目鼻立ちをしているわけではないのに、なんだこの愛くるしい顔は。母親似らしい柔らかな顔つきに、背中まで伸びたゆるく巻いた栗色の髪はふわふわとしている。


あと若いから肌がぴちぴちしていて触り心地がよく、何度も頬を撫で回して鏡の前でリリアちゃんに見惚れていると、通りかかった患者さんが気の毒な人を見るような顔をしていたので恥ずかしかった。


「ここでの暮らしも少しは慣れてきたかな?」


良い香りのする紅茶を慣れた様子で注ぎ、差し出してくれる。


「おかげさまで、エディ先生がたくさん助けてくれたから」


礼を言いながら私はクッキーを小さな皿に盛り、エディ先生と自分に取り分ける。何度かお茶をしているうちにエディ先生は紅茶を、私はお茶菓子を用意するのがいつもの流れになった。


僕は何もしてないよ、君が頑張ったからと微笑む先生に、どうしてもときめいてしまう。


本当はずっとこうして先生とこうして過ごしていたいなんて願ってしまう。でも決めたんだ、言わないと。


「……エディ先生、私ここを出て、外で働こうと思います」


紅茶を飲んでいたエディ先生の手が止まり、カップを置いてこちらを見る。


「ここでの生活は、楽しくなかったかな」


寂しい表情を浮かべるエディ先生にそれは違うと首を横に振る。


「そんなことは全然ないです、すごく、すごく楽しかったし充実していました。ただ……ずっとは、ここにいちゃいけない気がして。私がここに来たのには何か理由があるのかもしれないって思うようになって」


「……だから外で働きたいと」


初めて会った時と同じように深緑の瞳が私をじっと見つめる。意思が揺るがないように強く頷く。目は逸らせない。


外で働きたいなんて嘘だ。


確かに、もしかしたら本当にここに来たのには、何か理由はあるのかもしれないけど、それも嘘だ。


でも気付いてしまったからには、ここを離れないといけない。


「……お嬢さんも、君も、突然いなくなるんだね」


紅茶の入ったカップに視線を落とすエディ先生のその言葉に胸が刺されたように痛くなる。


駄目だ、泣くな私。


「大丈夫です、私あっちの世界では風邪もひいたことないし、悪運?も結構強い自信ありますから。あと、体動かすのも好きなのでどんな仕事でもドンと来い!って感じですし」


リリアのようにいなくなったりはしないと、言ってしまいたかった。でも、リリアがいなくなってしまったことを肯定するようなことは絶対に言いたくなかった。


ふんっと腕を上げ、ちからこぶをアピールするポーズをすると、エディ先生はふふっと笑ってくれた。


「そういうことなら、僕は応援するよ。もう……君は元気があって良いね」


ポーズがツボに入ったのかしばらく笑いを堪えるように震えた後、落ち着いたエディ先生と今後のことを話した。


とりあえず都市に向かってみようと思うこと。父親のツテで働き口を紹介してもらえること。落ち着いたら手紙を出すこと。


そうこうしているうちに、急患が入ったエディ先生は、急いで病院へと戻っていった。その後ろ姿が見えなくなるまで見送った。


一人で飲みそびれてしまった紅茶のカップを手に取り、一気に飲み干す。


「せっかくの最後の紅茶が冷めちゃったな……」








































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