第5話

それから私はエディ・イエルダと名乗った先生から、この身体の持ち主について知るために、お嬢さんことリリア・ディミローについて教えてもらった。


先程の二人はリリアのご両親で旦那様はロージェン、奥様はカナティア。王宮や貴族御用達の服飾を手掛ける仕事をしているという。仕事や結婚で家を出た歳の離れた兄と姉もいる。


穏やかな家庭で育ち、初めて会った時の幼いリリアは、奥様のドレスの裾をぎゅっと掴んで恥ずかしそうに挨拶するような大人しい子だったが、慣れてくるとやんちゃなお兄さんたちに連れられて、よく泥だらけで捕まえた虫を嬉しそうに見せに来る活発な子になった。


僕は楽しかったけど、迎えに来た奥様が卒倒して大変だったんだよ。と先生は笑っていた。


十六歳になったリリアは兄姉と虫を捕まえたり、泥だらけでかけっこすることもなくなって、代わりに本を読むのが好きな女の子になった。


しょっちゅう病院に来ていたおかげか、細々とした仕事の手伝いもできるようになり、仕事が終わった後にはよくおすすめの本を持ってきてくれて、この人はこういう役割でね、でも実は……と本の話をするリリアは本当に楽しそうだった。


ある日、本を抱えていつものようにリリアがやってきた。その表情は暗く、最初はなんでもないと笑って誤魔化していたが、話していくうちに婚姻が決まったと告げた。父親同士が意気投合し、是非ともうちの息子を、うちの娘を。となったらしい。


お相手は貿易を営む会社の長男で、幾度か食事に行き、こちらを気遣ってくれる優しい人で不満などないが、結婚すれば彼の仕事を手伝うために、ここに来ることも難しくなる。それが寂しいと。


本当はここでの日常を続けたかったが、親同士が決めた婚姻を壊すようなことはできる子ではなかった。


リリアの心根の優しさは患者さんにも好かれ、本当に助かっていたので残念な気持ちはあったが、彼女の未来に口を出す立場ではない。


ずっと来れなくなるわけじゃない。落ち着いたらまたいつでもおいで。


そう言って慰めると、そっか、それもそうだよね……絶対また来るね。とまたいつもの笑顔に戻った。


そんな明るい未来へ歩もうとするリリアを今回の悲劇が襲った。


急に降り出した強い雨で人気のない帰り道、暴走した馬車からリリアは子どもを庇って倒れた。


馬車に乗っていた相手は現場から逃げ出し、気を失った子どもが目を覚まして助けを呼びに行くまで、リリアは冷たい雨に打たれて強く打った頭から血が流れ続けていた。


のちに捕まったのはリリアの婚約者だった。何故逃げたのか問い詰めると、婚姻が決まる前から男女の仲だった女性も同乗していて名乗り出ればそれが露見してしまうのが怖かったからだったという。


憤慨した父親が相手の家へ乗り込み、婚姻は破談となった。


それから半年もの間、リリアは意識を取り戻すことはなかった。























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る