第3話
私の言葉に先生は、驚いた表情を一瞬浮かべてから、ふむ……と何かを考えるように顎に手を当てて、
「ちょっと待ってね」
と断ると、隣にいた二人に声をかけた。
「お二人とも、お嬢さんの意識はしっかりしているようだから、安心してください。長い間ずっと気持ちを張り詰めていたからお疲れでしょう。一度ご自宅へ戻って少し休まれては?」
隣にいた男性が頷き、女性に手を差し伸べる。
「そうだね、じゃあそうさせてもらおうか。カナティア」
カナティアと呼ばれた女性は私の手を両手で包み込み、愛しそうに頬に寄せる。
「そうね、あなたの着替えも新しく持ってこなくちゃ。またすぐに来るからね」
名残惜しい表情をにじませながらも、立ち上がって男性の手を取り、二人は先生に「本当にありがとう」と深く頭を下げて部屋を後にした。
二人が部屋を出るのを見送ると先生は、ベッドの近くの椅子に腰かけた。
「お待たせしてすまないね、まずここはどこかというと病院だよ。君はある事故で頭を強く打ったんだ。そして半年間もの間、意識が戻っていなかったんだ。だからこうして目が覚めてくれて本当に嬉しいよ」
なるほど、この頭の痛みはそれなのか。とおそるおそる頭に手を伸ばし納得していると、先生はそれでね、と話を続けた。
「……実は僕も幼い頃、同じように大きな事故にあって、その時から不思議なものが見えるようになったんだ」
「不思議なもの?」
気になって先生の方を見ると深緑の瞳の色が、私ではない何かを捉えているようにじっと見つめていた。
「光が見えるんだ。人それぞれ異なる色や形の光に包まれていてね。……そしてお嬢さんの事は幼い頃から知っているわけだが、目覚めた後にまったく異なる光になっている。……君は一体誰なのかな?」
その言葉に息を呑む。待って、これは夢じゃないの?確かに頭は痛いし、与えられる感覚の全てがあまりにも鮮明過ぎる。今までとはまったく違う景色、私を心配する見知らぬ人たち。
「私は……」
私は、誰になってる?
血の気が引いていく感覚に襲われ、小さく震える汗ばんだ両手を見つめる。
肩にぽんっと手を置かれ、はっと顔を上げると先生が申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
「まだ目が覚めたばかりだというのに変なことを言って困らせてしまったね。見える目になって長いけれど、色が異なって見えたのが初めてで、どうしても気になってね。本当にすまない、あんな事故の後なのに……」
服越しに伝わるその手の温もりに、緊張がほどけていく。初めて会ったはずなのに、この人は大丈夫と思えてしまうのは何故なんだろう。
「いえ、私もその……まだよく分かっていなくて……あの、信じてもらえないかもしれないけど……私、あなたが知っているお嬢さんじゃないんです」
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