多様過ぎる出産

「皆さーん。静かに静かにーーまだ音楽は続いてますよ!ゆるーくゆるーく腰を回して手拍子打ってーー」


 熊美さんの掛け声でヒソヒソは止んだものの幾匹かの雌は僕に視線を止めた儘だった。


「あの、アンケート用紙では雄に丸付けていらっしゃったからパパさんで間違いないですよね?」

 

 熊美さんが気遣うように僕に話し掛けてきた。


「は……ははい。その……」


「パパさんなら無理に体操に参加なさらなくても大丈夫ですよ。」


 熊美さんは確かに優しかった。

 でも──

 気遣うようでいて僕のお腹を凝視していた。


 僕にまた視線が集まり始め、思わず涙ぐんでしまった。


「やっぱり……雄が妊娠するって変ですか? 」


「え!そんな……そんな……やっぱり……泣かないで。別に雄が妊娠したっていいと思いますよ。ただ多種多様のフォレストでも今まで一匹もいなかったから戸惑ってしまって」


 熊美さんは必死に僕を慰めた。

 でも──


「えーーやっぱり。雄なのに妊娠ですって!凄い。初めてだわ」


「やっぱりそうだったのね。珍しい」


 雌達の高いキーキー声が僕のガラスのハートに突き刺さる。


「でも……でも……ブチ……」


 僕はつい救いを求めてブチハイエナの花さんの方に視線を泳がせた。


「ガルルルルルル」


『怖い!そうか……黙ってろって事か……花さんも雄なのに妊娠してるってバレたくないから。バラしたら食い殺すって威嚇してるんだ……食べられる訳にはいかない……』


「五郎さん……気付かなくてごめんなさい。皆、驚いてるだけよ。別に責めてる訳じゃないの。雄の出産例はフォレストでも初めてだから。影子さん以来の衝撃だわ」


 ラッコの心愛さんも慰めてくれた。


「ねえねえ雄ってなーにー?あたいにも教えてよ! 」


 その時、物凄いダミ声が僕のすぐ側で聞こえた。


 トカゲ?

 顔を向けると黒い身体に黄色の縦縞の小さなトカゲが僕を見詰めていた。


「あたい!ムチオトカゲの影子!あんたが雄っていう生き物?雄って何?皆に教えて貰ってもイマイチ理解出来ないのよぉ」


 そのトカゲはオバサン臭かった。

 いや、ホントはオッ○ン臭かったけど、いくら何でも失礼過ぎると、僕は心の中で伏せ字にした。


「影子さん。初めまして。僕は雄っていうか……辰野落五郎と言います」


「へえ、雄って何か骨ばってんのね。殆どの動物には雄と雌がいるって聞いたけど良く分かんない。ともかく宜しくね」


 そう言い捨てて影子さんは行ってしまった。


「ムチオトカゲには雌しかいないんですって。だから影子さんは雄を知らないのよ」


 心愛さんが教えてくれた。


「雄がいなくても子供作れるの?凄い」


 ある意味影子さんも僕と同じで孤独なんだな。

 影子さんがオッ○ン臭いのは、雌だけの種だから多分羞じらいが無くなって雄化してしまったんだろうと納得した。


(★ムチオトカゲは別名、レズビアンリザード。雌同士で交尾して単位生殖で卵産むそうです。)


「そうらしいわね。フォレストには色んな動物が本当にいっぱいいるわ。でも雌だけで子供作れるのは影子さんだけじゃないらしいのよ」


「え?他にもいるの? 」


「雌だけでっていうのは意外といるらしいわ。雄だけでっていうのは聞かないけど」


 がーん。

 固い珊瑚に頭をぶつけた時のような衝撃だった。


 やっぱり僕だけなのか。

 いや、花さんが──


 でも視線を合わせたらまた──


「雌だけで子供作れる種がいるんなら雄でもいそうなのに……(勿論花さん以外で)」


 心愛さんに言うともなく呟く。


「雄同士のカップルなら沢山いるけど妊娠までするのは五郎さんが初めてだわ。凄いわよ」


「でも……」


 花さんが、と言い掛け諦めた。

 あんな狂暴な肉食系と仲良くなれる訳ないんだから。


 カクレクマノミみたいにどっちの性別にもなれたり、カタツムリやミミズみたいに雌雄同体は珍しくないけど、雄で出産とはちょっと違うもんな。


 陣痛が怖い。



「ねえねえ、五郎さんて仰ってたかしら?ごめんなさい。つい騒いでしまって。ダンスがお上手ね。乙姫さんも素敵な方だし、本当に仲の良いご夫婦なのね。私はオグロワラビーの楽美よ」


 僕を遠巻きにしてヒソヒソ話しをしていた雌達がいつの間にか近付いて話し掛けてきた。


「そうそう、うちの旦那なんて浮気しまくりだもの。あたしもだけど……うふふ。あ、私フォレスト北二丁目に住んでるゾウアザラシのアザミよ。五郎さん宜しくね。何か困った事があったら言って! 」


「あらやだ浮気?ゾウアザラシって血みどろの戦いに勝ち抜いた強い雄が雌を一人占めするんでしょ?選ばれた強い雄の遺伝子を残すっていう契約じゃないの? 」


「まあ、それは表向きね。大体欲張り過ぎなのよ。あんなに大勢の雌を一頭で満足させられる訳ないじゃない。ハレムの周りをうろついてる負けた雄達が可哀想でつい身体を許してしまうの……この前も雌の振りしてハレムに忍び込んだ若い雄と……だって凄い頭使ってて健気だから」


「何てふしだらなの?じゃあ、ダンナさんは全部自分の子供だと思ってるけど、実は別の雄の子供を認知してるって事!!ある意味残酷じゃない。その事実を知ったらダンナさん落ち込むわよ。俺の努力は何だったんだって。いっそ勝たずに間男になった方がお得感あるわね」


「しょうがないじゃない。強い雄の子供をって言うけど多種多様な遺伝子を残す事も大事よ」


「そんな……今更……だったらダンナさんが戦う前に言ってあげればいいじゃない。ゾウアザラシの繁殖のあり方を根本から揺るがす問題発言よ。多種多様で良ければ無駄な血が流れずに済むのに……アザミさん……貴方、結構悪い雌ね」


 乙姫ちゃんが好きで視ている昼ドラのようなドロドロした楽美さんとアザミさんの会話に、僕の思考は停止してしまった。



 

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