プレママセミナー

ポヨーン ポヨヨーン ポヨーン


 僕は直立姿勢で弾みながらセミナー会場に向かった。


「何か面白いな。風船になったみたいだ」


 ニューフォレストは不思議な空気で満ちている。

 海みたいに浮かないけど、丸めた尾っぽで立つ事が出来るんだ。

 

 少しジャンプすると軽く浮いてぽよーんって弾む。

 ぽっこりお腹がプルプル震えて僕自身が風船みたい。


 道端の草に尾っぽを絡ませ海での生活を懐かしんで見た。

 ほーら。タツノオトシゴっぽい。


───


「じゃあ、ここに記入して下さい」


 ママセミナー会場に着くと、受付で記録兼アンケートの用紙を渡された。


「名前、住所、電話番号は無し、と」


 雄か雌に丸付けるんだ。

 嫌だなあ。


 仕方なく雄に丸を付けて受付に持って行くと、僕のポッコリお腹に視線を感じた。


『気にし過ぎかなあ。やっぱり妊夫は僕一匹なんだろうなあ』


 雄なのに妊娠してるのを知られたら、好奇の目に晒されるんじゃないかと気の弱い僕は溜息が出てしまう。



「アンタも参加者か? 」


 後ろから低い凄みのある声で話し掛けられ僕は振り向いて、そして飛び上がった。


『怖い!でも──』


 物凄い強面の肉食獣が僕に牙を向いていた。


「あ……その……その……」


「ああ、腹が膨らんでる。見た事ねえ面だな。名前は? 」


「うう……タツノオトシゴのた……辰野落五朗……です」


 名乗らなければ食べられる、いや名乗っても食べられそう。


「タツノオトシゴ?海の生き物か。俺はブチハイエナの花だ!夜露死苦よろしく! 」


 ブチハイエナ──


 彼女、彼?まさか彼?お腹が膨らんでる。

 花さんがブチハイエナっていう事よりも、僕は性別が気になって仕方が無かった。


『付いてるーーーー』


 僕は花さんのお腹の膨らみの下に、一般的雄の印が付いてるのを発見して思わず凝視してしまった。


「てめえ、どこ見てやがる!ガルルルルーー」


「うわぁーーすみません!すみません!」


「まあ、いいや!それより、とっとと入んな。後ろがつかえてんだからさ。ぐずぐずすんなよ!」


「は、はははい! 」


 付いてるって事は雄だよね。


 せっかく雄で妊娠する動物に出会えたのに、こんな狂暴なパパと友達になんてなれないよ。


 僕の気分は海の底に沈んだ。


─────


───


「あの、もしかして乙姫さんの旦那さん?今日は乙姫さんは来てないんですか? 」


 僕に話し掛けてきたのはモフモフした円らな瞳の可愛らしい動物だった。


「あ!私、ラッコの羅々心愛ららここなって言います」


「僕は五郎。その……妻は習性で日課のダンスの後はフラフラ何処かへ……朝には必ず愛を確かめ合う為に帰ってくるんですけど……僕が代わりに……」


「えーー?代わりに?いい旦那さん!朝まで?まさか……浮気……うちの旦那なんて繁殖期だけよ甘い顔するのは。妊娠した途端にどこかに行ってしまったから生きてるんだか死んでるんだか」


「うちの妻に限って浮気なんてありません!!単に習性なんです──じゃあシングルマザー。出産は初めて? 」


「ごめんなさい。愛妻家なのね。まあ、ラッコは皆ワンオペ育児だから。初めてでもどうって事ないわ」


「はあ……強いですね」


 可愛らしい外見に似合わず肝っ玉母さんなんだなと僕は感心した。


「あたしなんてまだまだ!別の意味で強いっていうと、やっぱりブ──」


「皆さーん!これから妊婦体操始めましょう。音楽に合わせて無理せずゆるーく動いて下さいね」


 ママセミナー主催者の熊美さんの声掛けで心愛さんの話しは打ち切られた。


 参加者が中央に集まりドーナツ状の輪に広がる。


「手拍子しながら前後に身体を揺らしてみましょう。ゆるーくゆるーく」


 始めは緊張していたけど軽快なリズムにノってきてしまう。

 何しろ毎朝のダンスが日課だから。


 タツノオトシゴダンス大会で優勝した時の嬉しさが甦った。


「まさか……雄? 」


「そんな……でもお腹が……」


「もしかして乙姫さんではなくて妊娠してるのは……」


 お腹を突き出して体操に熱中する僕の耳に雌達の囁く声が入ってきた。


「だってあれ、乙姫さんじゃなくて旦那さんでしょ?妊娠中ですって言ってたのに自分じゃなくて旦那さんの方だったの? 」


「まさかーー雄が妊娠なんて──聞いた事ないわ」


「でも乙姫さんのお腹は膨らんでなかったのに旦那さんのお腹はかなり膨らんでるわよ」


「単にメタボなだけじゃないの?流石に雄の妊娠はないでしょう」


「凛々しい顔して実は雌とか……フォレストにも同性カップルは多いから」


「じゃあ鹿子さんが聞いてみてよ」


 聞こえてるよ。


 気のせいじゃない。

 雌達の視線が僕に集中していた。





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