タツノオトシゴの憂鬱

春野わか

妊夫五朗

 僕はタツノオトシゴ、名前は辰野落五朗たつのおとしごろう

 世界一孤独な妊夫だ。


 何故、世界一孤独かって?

 そんなの聞かなくても分かるだろう。


 ちゃんと字を見てくれよ。

 妊だよ!妊

 僕は妊娠5日目の妊夫なんだ。


 字は間違ってないよ。

 雄だって妊娠ぐらいするさ。


 但し今のところ、世界広しと言えどもタツノオトシゴだけだけどね。


 ────


「うぅーん。おっもおーい! 」


「だだ……大丈夫?乙姫ちゃん」


「やだ!五朗ちゃんは妊夫さんなんだから休んでて!熊さんマークの引っ越しセンターに頼むからいいわ! 」


 可愛い奥さんの乙姫ちゃんの提案で、僕達タツノオトシゴ夫婦はここ「ニューフォレスト」に引っ越す事になった。


 乙姫ちゃんの見た目は姫盛り巻き毛のギャル系なんだけど、僕が妊娠してからは力仕事も積極的に頑張ってくれてるんだ。


 もう僕の一目惚れで、一生懸命育児のうを膨らませてアピールしてダンスして、並み居るライバル達を押し退け漸く結婚OKして貰ったんだ。


 だから彼女の言う事には逆らえなくて、つい引っ越しにも承諾しちゃったんだけど、実はちょっとだけ後悔し始めてる──



「ここってTHE森!って感じだけど、僕達海洋生物が馴染めるのかなあ」


「大丈夫よ!メルヘンだから!海にはもう飽きたの。これから環境破壊でどんどん住みにくくなってくだろうし、産まれる子供達には広い世界見せてあげたいしぃ」


「でも、海の方が広いんじゃ……」


「やっだあ!五朗ちゃん。そういう意味の広いじゃないって分かってる癖にぃ。子供達には海だけしか知らない大人になって欲しくないのよ」


「そ、そんなもんかな」


「ここは温暖化による気候変動や森林破壊、汚染等が理由で故郷に住みにくくなってしまって困っている動物達のユートピアなの。ニュータウン的でもあるわね。海にはレジャーで行けばいいじゃない」


「はあ……でも……」


「ねえ、そろそろダンスしよう! 」


「うん」


 僕達は毎朝ダンスを欠かさない。


 尾を絡めてチューして毎朝愛を確認しあうんだ。

 結婚を申し込んだ時には三日間も離れずダンスしてた。


 タツノオトシゴはお互いパートナーは生涯一匹だけ。

 浮気って何?不倫って何?

 僕は乙姫ちゃん以外の雌に興味ないし、乙姫ちゃんだってそうさ。


 死ぬまで一緒。

 乙姫ちゃん以外の雌の卵を育てるのも産むのも絶対に絶対に有り得ない。



「乙姫ちゃん。今日の髪型盛り方が凄いね」


「変?昇天ペガサス盛りって言うらしいの」


「ううん。良く似合ってるよ。乙姫ちゃんは僕のマリーアントワネットだよ」


「でも、マリーアントワネットってギロチンで処刑された不倫もしてた王妃でしょ? 」


「……見た目が可愛くてゴージャスって意味だよ……」


「そっかぁ!五朗ちゃん大好き! 」


 ぶちゅー


「愛してるよ」


 尾を絡ませてクルクル回るとお互いの身体が虹色に変化する。


 クルクル クルクル 


 これからどんな生活が始まるんだろう。

 無事に出産出来るかな?

 上手く馴染めるかな?

 動物見知りで臆病者の僕はドキドキだけど、乙姫ちゃんと一緒なら怖くなんかない。


 ─────


「じゃあ五朗ちゃん行ってくるね。無理しないで休んでてね」


「……うん……ごめんね。行ってらっしゃい」


 本当は森の住人達に夫婦揃って引っ越しの挨拶に行く予定だったのに、つわりが酷くて動けずお留守番になってしまった。


「はあ……つわりって思ってたよりもずっと辛いなあ。妊夫さん達は皆、こんなに辛い思いしてるのかな? 」


 あ、妊夫じゃなくて妊婦か。

 そう考えた途端、僕は寂しくなってしまった。


 慣れない土地で初めての出産。

 たぶん雄の出産は僕ただ一匹。


 タツノオトシゴは育児のうに雌が卵を産み付け、雄が育児のうの中で孵化させてから赤ちゃんを産み出す。

 イクメンは沢山いるけれど、出産まで担当するウミメンはヨウジウオ科だけじゃないかな。


 て、いうかネット検索しても他に例がない。


 僕の憂鬱分かってくれるかな?

 この不安を分かち合えるパパ友がいたらなあ。


 別にプレママ達と仲良くすればいいじゃないかって?

 雌の群れの中に入ってく勇気ないし、話しが合わないよ、きっと。


 それに乙姫ちゃんは焼きもちやきなんだ。

 他の雌と仲良くしたりなんかしたら、きっとダンスもチューもしてくれなくなっちゃう。


 はぁーーこんなに憂鬱なのはつわりのせいなのかな。


 ────


「たっだいまぁー!皆に色んな事教えて貰っちゃった。で、妊娠中ですって言ったらママセミナーのお誘い受けたの」


「ママセミナー? 」


「うん、妊娠で悩むママさん達の不安を解消したりぃ、子育てについて色々情報交換するんだって。後はストレス解消の妊婦体操とか」


「でもママ限定でしょ?僕はパパだから参加出来ないんじゃない? 」


「確かに教えてくれた熊の奥さんはあたしが妊娠してるって勘違いしてたみたいだけど、パパも参加出来るらしいの」


「え?じゃあ、この森には雄で出産する動物がいるって事かい? 」


「うーん、聞いてないけど多分そうなのかなあ。ともかく色んな動物の出産や育児のあり方を知れば、五朗ちゃんも勉強になるんじゃない?それに他の動物達と仲良くなれるチャンスでしょ? 」


「でも……まだ安定期じゃないし。つわりが酷くて」


「ママセミナーは来週だって。ちょうど安定期に入るじゃない」


「でも……種が違う動物達と何話していいか……」


「ダメよ五朗ちゃん。これから沢山赤ちゃん産んでパパになるんだから、ご近所付き合いは大事よ」


 乙姫ちゃんに勧められて僕はママセミナーに参加する事になった。


 ────



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