大切な場所

「ここって、夢で見たあなたの……厳密に言えば私とあなたの大切な場所でしょ? 」

「でもどうして君がこの場所を……? 」

「ティムに少し手伝ってもらったわ。きっとその野原は村の近くにあるはずだから探せば見つかるだろうって」

 僕の夢の中では太陽の暖かい光に包まれた野原で、暗闇と星の瞬きに覆われた場所ではなかった。しかしここは間違いなくあの場所だ。

「サリー、記憶を思い出した……というわけでは無いんだよね? 」

 この後に及んでそんなことを聞いてしまう自分を殴りたくなったが、彼女は嫌な顔一つせずに答えてくれた。

「えぇ。ごめんなさい」

「じゃあ、どうして君は僕のためにここまでしてくれるんだ……? 」

 こんな自分勝手でわがままな男、嫌われても当然なはずなのに。だけど彼女は再び僕に声をかけてくれた。僕の思い出の場所を探してくれた。どうして彼女は僕のためにこんなことまでしてくれるのかがわからなかった。彼女はふふっと笑った。

「ティムが言っていたけど、あなたって本当に鈍感なのね」

 確かにティムはもちろん、他のゴーストにもよく言われる。人間だった頃も言われていたような気がする。

「私ね。人間だった頃にあなたと夫婦だったって聞いて、とても嬉しかったの。だから自分の記憶を必死で思い出そうとしたわ。でも私の頭はそれに答えてくれなかった。よほど思い出したくないものがあるみたい」

 僕が彼女のことを覚えていなかった。彼女を傷つけた。そのことが彼女にとってはとてもショックなことだったんだ。それも一緒に思い出してしまうかもしれないから、彼女の脳は思い出に鍵をかけてしまったのだろう。

「……私ね、あなたに記憶を取り戻すために付き合ってくれって声をかけられるよりもずっと前からあなたのことが好きだったの。気がついたらいつもあなたのことを目で追っていたわ。あなた鈍感だからまるで気がついていないみたいだけど。だからどうやったら仲良くできるかずっと考えていたわ」

 あぁそうか。記憶を無くしたって彼女は僕のことをずっと思っててくれたのか。それなのに……

 僕は彼女の前に立ち、腕を引いて彼女を引き寄せた。

「……サリーごめん。僕は記憶が戻ってからずっと過去の幻影を、過去の君の姿ばかり追い求めてしまっていた。君を傷つけたのは僕自身だったのに。記憶の中君と今の君では似ているけども何か違っていたんだ。だから傲慢にも僕はそれを取り戻そうとしてしまった。でもその必要はなかった。僕はあまりにも過去に囚われ過ぎていたんだね。記憶が戻る前も君と同じで、僕は君のことばかり目で追っていた。可愛いと思っていたし、君と会うといつも元気をもらっていた。君が記憶を戻してくれなければ、僕なんか相手にしてくれないかもしれないという不安もあったのかもしれない。でもそんなの僕の思い込みに過ぎなかった。君はずっと、僕のことを見ていてくれたんだね」

 小さな彼女を腕に抱きながらごめんね、ごめんねと繰り返す。首元に回った彼女の細い腕にも力が入る。もういいよ、大丈夫だよと彼女は何度も何度も答えてくれた。

 しばらくして、僕は彼女の目をまっすぐに見つめた。

「僕はもう過去には縛られない。だって君は今の僕を見てくれているんだもの。それだけで十分幸せだ」

「気ままなゴースト生活。あなたと過ごせて私、幸せだわ」

 冷たい風が野花を揺らす。空に無数にある星々に見守られる中、僕とサリーはお高いの唇を重ねた。

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