ダンの決断

 空が曇るこの日、僕はゴーストたちの溜まり場にいた。墓地に座り、誰かが供えてくれた赤ワインを片手にただただ呆然としていた。昨日までの自分の、そしてサリーの記憶を取り戻そうという気力はほとんとなくなっていた。思い出の地へ足を向けるたびに僕は記憶をとり戻す。だけの彼女の方はからっきしだ。彼女は僕との思い出なんて別にどうでもいいのだろうか。……大切だと思っていたのは、僕だけだったのだろうか。

「お、いい男が随分浮かない顔をしているじゃねえか」

 ティムがグラス片手にやってきたかと思うと、僕の手元に置いてあったボトルをとり、ワインを注いだ。

「僕よりよっぽどいい男な君に言われたくないな」

「何俺口説かれてる? 」

 冗談だよという彼の言葉はなんとなくいつもよりも飛び跳ねているように感じる。

「記憶を取り戻す旅はどうだい? 」

「順調だよ。僕の昔の記憶は結構戻ってきている」

「それにしては不満げだな? 」

 彼には何もかもお見通しのようだ。

「……僕の記憶は、順調に戻っている。だけど一緒にいる彼女の方は全くダメでさ……どうしてそんなに思い出さないんだろうって……」

「まぁ、ゴーストの記憶には個人差があるからな。自分が忘れていく時間だって1日であっという間に忘れちゃうやつもいれば4、5年かけてじっくり忘れていくやつもいる。……昔のことにいくら触れても思い出さないやつは思い出さないだろうな」

 今に限ったことではないが、彼はなんでも知っている口振りでものを言う。

「……彼女は僕のことなんてどうでも良かったのかもしれない」

 心の中で思っていたことが外の世界に溢れでた。それは止めることができなくなった。

「僕だけが舞い上がっていたんだ。彼女と一緒に過ごす時間が幸せだと思っていたのは僕の方だけだったんだ、きっと」

「そんなことは……」

「だってそうじゃなきゃ、どうしてこんなに思い出さないんだ!!」

 思わず僕はティムに向かって声を荒げてしまった。彼は何も悪くないのに。

「僕は辛いよ……記憶と一緒に、彼女に抱いていた気持ちもはっきりと思い出すのに。だけど彼女はまるで変わらなくて……彼女の思いばかり募るのに、彼女は何も思い出さなくて……」

「……」

 気がつくと僕の頬を涙が一粒伝っていた。

「記憶って……そんなに大事なものか? 」

 ティムがつぶやくように言った。

「ゴーストの中には、自分が何者なのか、人間の頃の記憶なんてなくてもお互いを大事にしている奴らはいる。ダン、お前はそれじゃダメなのか?過去の記憶がないとサリーを愛することはできないのか? 」

「僕は……昔のことを思い出してしまって、困惑しているんだ。サリーは確かに今のままでも十分素敵だ。でもやっぱり僕がずっと思い続けてきた人とは、姿は似ているけどまるで違う。僕はわからないんだ。今の彼女を愛せるのかどうか。だから、僕みたいに昔のことを思い出して、彼女に昔みたいに戻って欲しいと思うんだ」

「……はぁ。全く、困ったやつだよ、お前は」

 ティムは言うとグラスの中にあったワインを一気に飲み干した。他に言うべき言葉も全て飲み込んでしまうかのように。

「まぁとにかくお前は自分の気持ちを整理する時間が必要だな。だけどこれだけは忠告させてくれ。他人は自分が思うようには変わらない。今はお前についてきてくれている彼女だってそのうち愛想尽かしてお前の元を去っちまうぞ」

「……」

 僕はしばらく考えた。そうだ。相手のことを変えられない以上、僕は決断をするしかないのだ。僕は無言でその場から立ち上がった。

「おい。どうしたんだ? 」

 僕が急にむくりと立ち上がるものだから、ティムは困惑しているようだった。

「整理をつけに、彼女に会ってくる」

 それだけ言うと僕は彼女が眠る墓地までの道へと向かった。途中、後ろからティムに呼び止められたような気がしたが、僕は気にせずに歩き続けた。

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