牙が見せる夢
次に目を開くと、暗闇なんてどこへいってしまったのか、あたりはあかりに包まれていた。森の中に今にも沈みそうに、見上げるとそこには藍色と茜色が混じり合う空が広がっていた。僕は空から目線を外し、あたりをキョロキョロした。ついさっきまで外を出歩く人間などいなかったのに、そこには仕事を終えて帰路につく人々の姿があった。一体この瞬く間に何が起こったのかと頭が混乱していた。その混乱の中でも僕は彼女のことを思い出した。
「サリー! 」
彼女の姿はどこにも見当たらない。声を張り上げて彼女の名前を叫んだが返事がない。一体彼女はどこへいってしまったのだろうか。
「ただいま、サリー! 」
人間の中にサリーの名前を呼ぶ者がいた。その男は羊を一頭担いでいて、先ほどまで調べていた家のドアに手をかけた。
「お帰りなさい、ダン。今日は随分と上機嫌ね」
部屋の奥から返事が聞こえた。聞き覚えのある声に僕は思わず家の中を覗き込んだ。見るとそこには夢の中で見たサリーの姿があった。ということはもしかして、この男は人間だった頃の僕……?
「それはそうだ!これを見てよ! 」
そういうと男は担いでいた羊をテーブルの上にどかっと置いた。
「あら、どうしたのこれ」
「この間、お隣さんに収穫したさつまいもを分けにいったでしょ?そのお礼だってさ」
「こんなに立派な羊さんを。お隣さんには感謝しなきゃね。もちろん命を分け与えてくれるこの羊さんにも」
人間のサリーは男が喜んでいる姿を見て、幸せそうに微笑んでいる。
「ねぇ、またこれでラム肉のスープを作ってよ! 僕あれ大好きなんだ」
「もちろん。今日はより一層腕によりをかけないとね」
「じゃあ僕はこの羊を捌いてくるから、サリーはスープの準備をしておいてくれる? 」
「えぇ任せて! 」
彼女が大きく頷いたのを確認し、男は羊を担ぐと再びドアを開けて外へ出た。
2人の夕飯の様子を眺める。当たり前だが、彼らには僕の姿が見えていないようだ。男は3杯目のラム肉のスープを飲み干した。
「あー!!美味しかった!サリーの作るスープは最高だよ」
彼はとても満足そうだ。そんな様子をサリーは相変わらず微笑ましく見つめている。
「そういえばさ」
男はいいながら自身のズボンのポケットに手を入れた。
「お隣さんにこんなものをもらったんだ」
手のひらに置かれていたのは動物の牙……先ほどサリーと一緒に見たものと同じようだった。しかし先ほどとは違い、何も刻まれておらず、まっさらである。
「これ何?どうしたの? 」
首を傾げながらサリーは聞いた。僕もなんなのか気になる。
「お隣さんが放牧中、野原で見つけたんだってさ」
男は野原といった。僕が夢で見たあの場所だろうか?
「お隣さんがいうにはこの森の近くに住む大狼の牙らしい。もうすっかり骨になってしまって、随分昔に死んでしまったやつらしいけど」
「どうしてお隣さんはそんな牙をあなたにくれたの? 」
「スート村の森に住んでいると言われている大狼は神の使いだとされていてね。だから骨を見つけたらラッキーなんだ」
「そんな縁起物、もらっちゃってよかったの? 」
「もう持ってるから幸せのお裾分けだって。名前を削ってドアに吊るしておくと、無事に家に帰って来られるっていう言い伝えがあるんだ。食事も終わったし、せっかくだから2人の名前を刻んでおかない? 」
「この村には素敵なおまじないがあるのね」
サリーはとても興味深そうに答えた。
「じゃあ名前を掘るためのナイフを持ってくるよ。ちょっと待ってて」
そういうと男はまたドアを開けて外に出ていった。ドアの外はもうすっかり夜の風が吹いていた。
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