記憶を辿る旅

 この日も夢を見た。昨夜と同じ野原に寝転び、僕は彼女と一緒にどこまでも広がる青い空を見つめていた。陽の光を目一杯に浴びて生き生きした葉の香りが鼻に届く。

「気持ちがいいわね、ダン」

 彼女は顔を上に向けたまま僕に話しかける。

「あぁ、サリー」

 夢の中で僕は彼女のことをそう呼んでいた。あぁ、やっぱりそうだ。君はサリーなんだね。口には出なかったが僕は一人で納得した。僕の愛した人。死んでもなお、再び君を想うことができるなんて。僕の心臓は夢の中でもまるで飛び跳ねるように鼓動した。


 はっと目を開ける。現実に引き戻される。鼻につくのは湿った土の匂いだ。僕は早々に棺桶から出ると、いつもの溜まり場へと向かった。

 昨夜大騒ぎだったせいか、いつも賑わっているこの場所が少し落ち着いているように感じた。僕は辺りを見回わし、ふわふわとした、綺麗な金色の髪を探した。サリーは今日、ここにきているだろうか。彼女は毎日ゴーストたちが集まるこの場所に来ているわけではない。昨日はどうだっただろうか……話に夢中になるあまり、彼女の姿を見たかどうか覚えていない。

「ねぇ、君。サリーを見なかったかい? 」

 彼女は華やかでとても目立つ。しかも誰にでも気さくでこの辺りのゴーストだったら知らない人がいないくらい人気者だ。そういう印象は、夢で出てくる彼女とは正反対なのだけど……夢の中のサリーはとても儚げで控えめ、そんな女性だ。

「さぁ?そういえば今日は見てねーな」

僕の体よりも数倍大きなゴードンが答える。彼は見た目こそいかつくて恐ろしいが、気さくでとても優しいやつだ。彼はなんだか今日も楽しそうだ。ゴードンにありがとうをいうと僕は顔見知った連中に次々と話しかけ、サリーのことを探した。しかし彼女の姿を見たものはいなかった。

 今日はティムもカレンもいない。昨日カレンがティムのことを慰めるとか言っていたから2人で静かなところで過ごしているのかもしれない。頼れる2人もいないので、僕は諦めて帰ることにした。


「ダン! 」

 暗い一本道。まるで後ろから光が差したかのような明るい声で名前を呼ばれた。あまりの明るさに僕はパッと後ろを振り返った。予想通り、僕のことを呼んだのはサリーだった。すぐ後ろにいると思ったが、彼女の姿は思ったよりも遠くにあった。

「あぁ、サリー!君を探していたんだ! 」

「知ってるわ。みんなに私のことを聞いてまわってたみたいじゃない」

 彼女は徐々に僕に近づいてくる。

「それで追いかけてきてくれたの? 」

「そんなに必死に私のことを探して、一体何のようなのか気になるじゃない」

 彼女の笑顔はまるで夜の暗闇に突然現れた太陽のようだ。

「それで?私に一体何の用だったの? 」

彼女は話しながら僕の目の前にやってきた。あんなに必死でサリーはのことを探していたのに、いざ彼女を目の前にすると言葉が出てこない。一体なんて説明したらいいのだろうか。君は人間であったとき、僕の妻で愛する人だったんだよ、と言って信じてもらえるはずがない。

「サリー、君と僕は人間の時に夫婦だったんだ」

 ……言ってしまった。他に切り出し方がわからなかった。

「……え? 」

 彼女は明らかに困惑していた。当然だろう。それでも引き返すことができなくなってしまった僕は言葉を続ける。

「最近僕は眠る時に夢を見るんだ」

「……夢? 」

 サリーはあまりピンときていないようだった。ティムはゴーストが夢を見るなんて珍しいと言っていたが、それは本当のようだ。

「えっと……寝ている時に見るものなんだ。寝ている時にまるで本当に起きているようにいろんなことが目の前で起こるんだ。それはお話の中のことかもしれないし……昔実際に起きたことかもしれない。それを夢って言うんだ」

「ふーん、それってとっても楽しそう! 」

幼い少女のような彼女の瞳は、まるで空に瞬く星のようにキラキラした。

「で。ダンの夢の中ではあなたと私は夫婦だったてこと? 」

「そうなんだ」

「それって……とっても素敵ね! 」

 彼女の意外な返事に僕は呆気に取られてしまった。だっていくら顔見知りとはいえ突然あなたと僕は夫婦だった……なんて言われたら驚かれるか……最悪距離を取られるだろう。しかし彼女はなぜだかはわからないが嬉しそうにしている。

「ねぇ、何か心あたりはないかい?ふとした時に人間だったときのことを思い出したりとか……」

「うーん……今までそんなことはなかったわ……毎日が楽しくて、昔のことを思い出している余裕なんてなかったもの! 」

 全ての思い出を思い出したわけではないが、それでも、今目の前にいるサリーが本当に僕の妻だった人だと言うのなら、生前とはえらい変わりようである。……彼女が僕と過ごした時間よりも今の方がよっぽど楽しそうなのをみて、僕の心は少し拗ねた。

「ねぇサリー」

「どうしたの、ダン? 」

 僕は彼女に提案した。

「僕にしばらくの間、時間をくれないか? 」

「何をするの? 」

彼女の澄んだ瞳は真っ直ぐに僕を見つめた。

「僕と一緒に、夢で見た場所を巡って欲しいんだ……僕のみた夢は実際に起こったことなのか確かめたい。それに、君と過ごしたであろう場所を一緒に巡れば、もしかしたら君の記憶も僕みたいに蘇るかもしれない……そう思うんだ」

「いいわねそれ!私、ゴーストになってからあの溜まり場にしか行ったことなかったの。とっても楽しそう! 」

 僕の意図することが本当に彼女に伝わったのか怪しいところだが、どうやら僕の、そして彼女の記憶を取り戻す旅にサリーは付き合ってくれるようだ。

「今日はもう朝日が昇りそうだ。今日はもう休んでまた明日出直そう。最初に行きたいところがあるんだけどヒントが足りなすぎる。だから明日起きたらまずいつもの溜まり場に集合だ。ティムだったら色々知っているはずだからまずは彼に話を聞こう」

「明日から冒険が始まるのね! 楽しみすぎて今日寝られるかしら!! 」

 夢に見る彼女とはまるで別人ではあるけれど、それでもはしゃぐサリーの姿を見て可愛いなと思う。やはり彼女は僕の愛した人なのだろうか。そんなことを考えていたら彼女はもう、自身の寝床までの道を進んでいた。さっきまで目の前にいたはずの彼女がもう遠くに見える。

「明日、早起きしちゃうんだから。ダンも遅れないできてね! 」

 それだけいうと、彼女は言ってしまった。彼女の進む方向からは、もう朝の日の光が顔を出しそうになっていた。

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