葡萄祭

「君の言った通りだ。彼女は僕が人間だった頃の大事な人だ。昨日見た夢で確信したよ」

 夢とは正反対の、暗くてじめじめした土の中から目覚めると、僕は大急ぎでティムがいるであろう溜まり場へと向かった。夢を忘れないうちに、この興奮が冷め止まないうちに彼に知らせておきたかったのだ。

「そうか……それはよかったな」

 彼は、今日自分の墓に置かれていた赤ワインを一本持ってやってきた。彼はそれを瓶のまま勢いよく飲みながら僕の夢の話を聞いていた。ゴーストだからなのか、それとも生前からお酒に強かったのか、彼は顔色ひとつ変えていない。

「僕思うんだ。彼女はゴーストになって僕みたいに彷徨ってるんじゃないのかって」

 確信があったわけではないがなんとなくそんな気がしていた。自分がいつ死んだのか、はっきりと覚えているわけではないが、それでも結構長い間、ゴーストをやっているように思う。それだけ時間が経てば流石に彼女の方も生身の人間であるということはないはずだ。

「……だったらどうするんだ? 」

「僕は、彼女を見つけ出したい。そして2人で昔のことを思い出してお話したいんだ」

「ゴーストのほとんどは生前の記憶を失っている。そんな状態でどうやって昔話なんてするんだ? 」

「それはわからないけど……でも僕もこうしてちょっとずつ、昔のことを思い出し始めている。きっと何かのきっかけで彼女の方も思い出すかもしれない」

「そうか。じゃあ好きにやればいいじゃないか」

 僕はここにきてやっと、彼の声がいつもより少しだけ低いことに気がついた。彼はいつも、僕の顔をまっすぐに見て話を聞いてくれるのに、今日はどこか別の場所を見ているようだ。

「……どうしたんだ?何かあったか? 」

 いつもとは違う様子に思わず僕はティムに聞いた。

「え……あぁどうして? 」

「いつもと様子が違うから。僕に限ったことじゃないんだろうけど、君は人の話を聞くとき、ちゃんと顔を見てくれるから……」

「あぁ、悪い。今日はちょっと調子が悪いようだ」

「大丈夫か?少し休むか? 」

「あぁ大丈夫だ。心配かけてすまない。もう少ししたら俺は帰るよ。ダン、お前の話はまた後日聞かせてくれ」

 送って行こうかと提案したが、自分で帰れるから大丈夫と断られてしまった。仕方がないので僕は彼から離れることにした。

「全くあなたって、本当に鈍感なのね」

 声をかけてきたのはカレンだ。彼女もどこから貰ってきたのか、シャンパングラスを持っている。

「今日は呑みの日なのかい?みんなやたらにお酒を持っているじゃないか」

「あら忘れたの?今日は葡萄の豊作を祝ったお祭りの日なのよ。人間たちが私たちのところにもお酒を供えて振る舞ってくれる日じゃない」

 そういえばそんな日もあったなと、今更になって思い出す。

「そんな浮かれた日だっていうのにあなたったら、夢の中の女の子の話しかしないんだもの。ティムも嫌になっちゃうわ」

「僕そんなにしつこかったか?ティムに悪いことしちゃったな……」

 僕の言葉を聞いてカレンはため息をついた。

「やーねぇ、そういうことじゃないのよ」

 じゃあどういうことなのだろうか。僕には全く検討が付かなかった。

「……あなた、周りのことを冷静に見られているつもりなんだろうけど全然よ。もっと注意深く周りを見た方がいいわ」

 さてと、そしたらティムのことを慰めにでも行こうかしら。カレンはそういうと僕に手を振って行ってしまった。やはり慰めなければならないほどのことがティムの身に起きたのだろうか。そんなことすら気が付かなかった僕は、カレンの言う通り、周りのことがよく見えていなかったのかもしれないなと反省した。

 カレンの言われた通り、周りに目を向けてみる。確かにどのゴーストたちもみんなお酒を片手にいつも以上に上機嫌だ。周りのこの変化に気が付かなかっただなんて、僕の頭の中はよっぽど最近見る夢のことしか考えていなかったようだ。

 さらにあたりを見渡すと、踊りを踊っている長いブロンドの髪が目に止まる。あの色はまるで、夢で見るあの女性のようだ。彼女がターンを決め、こちらからも顔が見えるようになる。あのブロンドの髪の女性はサリーだ。ふわふわとしたクリーム色のワンピースが似合う彼女の目の色は澄んだ青色で、遠くからでもキラキラして見える。いつのまにか僕は彼女の姿から目を離せなくなっている。

「彼女だ……」

 脳が考えるよりも先に、僕の口は音を発していた。ブロンドの長い髪、青い瞳……彼女は少々夢の中の女性に比べると幼い印象を受けるが、それでも僕の勘が彼女だと言っている。

「彼女だ。僕の大事な人……」

 僕の視線を感じ取ったのか、サリーが僕に気がつく。彼女は僕の呆然としているであろう間抜けな顔を不思議そうに見つめていた。

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