ゴーストたちの溜まり場

「夢を見る? 」

 スート村のゴーストたちが溜まる教会近くの墓地。それぞれが持ち寄った果物や野菜が並べられ、今日もいつものようにどんちゃん騒ぎをしている。僕は彼と墓石に腰掛けて、友人であるティムに最近見る夢について相談していた。彼はこの辺りでは珍しいほどの地味な夜色のマントに身を包み、彼の身長ほどある大きな杖を持ち歩き、まるで賢者のような出立ちをしている。しかし顔はシワひとつなく、好青年という印象だ。ゴーストの見た目は自身の理想が反映されているそうで、年寄りの姿をしているものはそう多くはない。これはティムが言っていたことだ。彼はなんでも知っていて、僕だけでなく、この辺りのゴーストたちによく頼りにされている。

「ゴーストが夢を見るなんて、珍しいな。そんな話、初めて聞いたぞ」

  彼は他のゴーストたちと違って本当にものをよく知っている。だから彼に相談事をしても大抵のことでは驚かずに、冷静に対応してくれる。

「君がそんなに驚いている姿も珍しいんじゃないか? 」

 だから驚く彼を見るのはとても珍しいのだ。

「俺にだって知らないことはあるさ。この辺りじゃ賢者なんて言われているけどゴーストとして過ごした時間はそこまで長くはない」

「君はゴーストになった時期を覚えているのかい? 」

 僕なんて自分がいつゴーストになったのかなんて思い出せないのに、彼は自分がいつ死んだのかを知っているようだった。

「まぁな」

「じゃあ、人間だったときの記憶もあるのかい? 」

「……その辺りはうやむやだ」

 僕は彼が一瞬だけ、言葉を選んでいることに気がついた。この話はあまり深掘りしない方がいいと悟った僕は話題を戻した。

「夢を見ること自体は別に問題視していないんだ。ただ内容がどうも引っかかっちゃって……」

「どんな夢なんだ? 」

「いつも太陽の下にいるんだ。小川の側や、見知らぬ村、山の頂上……どこにいても真上にはいつも太陽がある。太陽なんてこの体になってから見たこともないのに。そうやって明るい中で一人たっているといつも同じ女性がこちらにかけてくるんだ。彼女の姿を夢で見るたび、僕の心臓は破裂しそうなほどに鼓動を打つ。目覚めてからもその鼓動は鳴り止まないくらいに。一体この夢はなんなんだ? 」

 僕が一息に説明をすると、ティムはアゴに手を当ててうーんと考え込んだ。しばらくして頭の中の整理ができたのか、彼は口を開いた。

「……それってお前の生前の記憶なんじゃないか? 」

 僕が生前、どんな人間だったのかは知らないけれどもそれでもきっと、今とは真反対の生活を送っていたはずだ。あの小川も、村も、山も、僕が住んでいた場所なのかもしれない。場所や時間については納得できたけど、じゃあ毎回出てくるあの女性はなんなのだろうか?

「状況から考えればお前の大事な人だろうな。そうじゃなきゃ、何度も何度も出て来ないだろう」

 そう言うティムの言葉に、少しだけため息が聞こえたのは僕の気のせいだろうか。

「あらそこの坊やたち。そんな難しい顔して一体何をお喋りしているのかしら? 」

  真っ赤に熟れたリンゴ片手にやってきたのはカレンだ。ボブの黒髪をカールさせ、胸元がざっくり開いた、りんごと同じ色をしたドレスに身を包んだ彼女は、まさにこのお祭り会場にはぴったりである。

「ダンがここ最近夢を見るんだってさ」

「まぁ素敵じゃない。どんな夢を見るの? 」

 カレンの顔が僕に近づく。最初のうちは彼女のそういう仕草にドキッとしたものだが、最近はもう慣れてしまった。

「おそらく僕がまだ、太陽の下で生活していた時の記憶らしいんだ。穏やかな場所で過ごして、必ず女性が出てくる」

「あら、ロマンチック。それってきっとあなたの愛していた人ってことでしょ? 」

 カレンは僕の話をどこか面白がっているようだ。

「ねぇ、あなたの好きなタイプってどんな人?ちょっとだけ興味があるわ」

 カレンは続ける。ゴーストになってからというもの、そんなことを考えたことがなかった。パッと思いつかなかったので、夢の中に出てきた彼女のことを想像する。

「髪は長くて瞳は澄んだようなブルーで。とても落ち着いていて上品……な子かな」

「……」

 なぜかはわからないがティムは少しだけ険しい顔で僕の方を見つめている。

「まぁ素敵。でも私とは正反対の女の子のようね。ダンのお眼鏡に叶わなくて残念だわ」

「君はそんなふうに思っていないだろう? 」

「あら、わかっちゃった? 」

 彼女がティムに熱い視線を送っていることくらい、僕にもわかる。僕は彼と特に仲良くしているから、彼女が僕にいい顔をしておきたいだけなのもなんとなくわかっているつもりだ。

「生前の記憶ねぇ……そんな夢を見る形で出てくるものなのね。私も少し夢みたいかも」

「カレンも生前のことは気になるのかい? 」

「当然じゃない。だって自分のことなのに何にも知らないのよ? 出来ることなら知りたいものだわ」

「……まぁ知ってたところでなんら変わらないけどね」

 ティムは遠い目をしている。

「あら意味深」

 彼女の顔は今度はティムの方に近づく。彼は少し苦笑いした。

「……僕は生前のこと、彼女のことが知りたいな。ティムの言う通り、知ったからなんだって話だけれども。それでも気になって仕方がないよ」

「そうか。まぁそうだよな。でも生前のことを調べるにしても情報が少なすぎる。あとはお前の夢次第……ってところかな」

「お話の途中悪いけど、そろそろ夜が明けるわよ」

 カレンの言葉で僕とティムはあたりを見渡す。気がつけばあんなに大騒ぎしていた連中はあたりをすっかりきれいに片付け、帰り支度を始めている。

「俺らもそろそろ引き上げるか。ヴァンパイアほどではないが、俺らゴーストも太陽には弱いからね」

 ティムは杖を使って腰を持ち上げた。

「おやすみティム。ダン、あなたの夢の続き、楽しみにしているわ」

僕とティム、そしてカレンは地平線から上がる光を後に、それぞれ別の方向へと散った。

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