不死の病

もちころ

不死の病…ある女の手記

2019年1月1日。

日本国内の某所にて、その「病」は確認された。


とある若い男が、突如錯乱し、トラックに轢かれた。

目撃者の証言によると、「ぶつぶつと何か言い始めたかと思ったら、いきなり横断歩道に飛び出して奇声を出し始めた」と。


一見、奇行を取った男が歩行者たちの目の前で自殺をした…と思うだろう。

しかし、男は死んでいなかった。


トラックに轢かれ、ねじ曲がった腕や足が急激に治っていったのだ。


男はなおも奇声を上げ続け、駆け付けた警察官と救急隊員によって取り押さえられた。


驚くべきは男の年齢である。

推定年齢は20代程度と思われていたが、その実年齢はなんと68歳。


見た目にそぐわぬ実年齢と、事故での証言。

それらの事実から、ネット上ではある噂が立つようになった。


『もしかしたら、そいつ不死身なんじゃないの?』

あるネットユーザーの一言。

最初は、名も顔も知らぬ人間のたわごとだと、誰も取り合わなかった。


しかし、男の事件を皮切りに徐々に同様の事例が発生した。


いずれも、見た目の年齢は10代~20代の若者。

様々な場所で自殺を試みるも、いずれも失敗。


個人差はあるものの、どの人物も身体的な衰弱・錯乱または興奮状態に陥っているという共通点がある。


しかも、その多くが実年齢は60代ほどなのだ。


中には、4歳の幼い少女もおり(実年齢は調査したところ16歳とのこと)、様々な事例が出るごとに、世間は騒然としていった。


『ヤバくね?うちの国、不死身のやつ多すぎ』

『バレないように何十年も転々として過ごしていたのかな?』

『でも、なんで今になってこんなに増え始めたの?なんか怖くね?』

『というか、そもそも不死身ってこと自体に恐怖を感じるんだけど』


世間は徐々に彼らに対して疑念の目を向けていく。


国内で確認された事例は、2019年内だけでも10例。

徐々に不安視され、国内も騒然としていく。


この事態を重く見た政府は、国の総力を挙げて不死身の10人を治療し、原因解明へ急ぐことを記者会見にて発表した。


そして、2020年5月に、政府は結果を伝えた。

それは…、ある意味最悪な知らせでもあった。


10人の男女には、それぞれ未知のウイルスが脳内に潜伏していた。

投薬などの対症療法などを行うも、効果はなし。


また、点滴や血液検査で注射を打っても、すぐに傷は回復するとのこと。


驚くべきは、このウイルスは先ほど書いた見た目年齢20代・実年齢60代の男女たちの時代からあったということ。


つまりは、40年前からこのウイルスは人間に感染していたということ。

感染経路は不明、不死身になる原因も不明。


政府が行ったことは、結果的に失敗に終わった。

発表後、日本国内は騒然とし、不死身の10人に対する風当たりが徐々に強くなる。


なお、不死身の10人は、いずれも精神的に疲弊しており、まともな会話ができる状態ではないとのこと。



「…ああ、そうそう。

病名について書いておくのを忘れていたわ。


何だか長ったらしい名前だったけど、確か略称は…不死の病。

今日は少し長く書きすぎたわ。

続きは、明日にしましょう。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2020年7月。

不死の病から2か月が経過したある日、事件が起きた。


錯乱状態の男が、某所に住む老人夫婦を無残にも殺害し、逃走。

その後、男は逮捕されるが、逮捕時に激しく抵抗をし、ふとした拍子に警察官が所持をしていた拳銃で自らの頭に発砲。


しかし、死亡はせず、移送された病院にて検査が行われ、不死の病に感染していることが判明した。


男と、殺された老人夫婦は全く面識がなかったとのこと。

にも拘わらず、男が老人夫婦を殺したのは、こんな理由だった。


「神が言ったんだ。あいつらを殺せば、俺のこの苦しみから救ってくれるって。ずっと長く生きるのは辛い。だから、あいつらを殺してやったんだ…。」

その言い分に、被害者側の遺族は憤り、一時期裁判所は大荒れとなったと。


判決は…、そこまで興味がないから覚えていない。


ただ、不死の病の感染者が人を殺したというこの事件は、大々的に報道され、不死の病に対する偏見はより強くなっていった。


『不死のやつって、死刑にできないんだよな?なんなんだよ、この国は』

『あんなのがずっと生きているなんて…、遺族の方がかわいそう』

『なぜ罪もない夫婦が死んで、あんなクソみたいなやつがずっと生きるんだ!世の中は不公平だ!』


義憤の声が、ネット上で上がる。

その声は、瞬く間に拡散され、のちに「不死者(不死の病感染者の別称)狩り」へと発展していくこととなる。


「…ふう、今日はこんなところかしら。

不死の病、そして不死者。

感染は、とどまることを知らない。


感染確率は、かなり低いみたいだけど、世間の目は徐々に冷たくなっていくわね。

まあ、私には関係のないことだけど。


…あら、もうそんな時間?

分かったわ、そろそろ灯りを消して寝ましょう。


続きは、また明日。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

不死者が起こした事件から、人々は疑心暗鬼になっていった。


10年前から姿が変わらぬものを不死の病に感染していると思い込み、誹謗中傷を行う。


何十年も営業している店で、1人でいる店主に対し、張り紙や落書きといった精神的な嫌がらせを行う。


愛想が悪く、気に入らない隣人が不死者かもしれないと思い、通報する。


…いずれも、不死の病とは関係ない、一般人に対する嫌がらせであった。

不死者の行動や特性に関する恐怖はもちろん、個人的なひがみなども含まれており、その問題は深刻化し、社会現象にまで発展したのである。


そして、国内では1年に1人か2人くらいは、不死の病への感染が確認されることとなった。


このことから、国民の不死の病に関する恐怖は徐々に高まったいく。

不死の病に感染したものの多くは、精神的に疲弊しているケースがあるが、正気を保って通常の人間と同じく生活しているものも少なくない。


そういった普通の生活を営んでいる感染者や、その家族・知人・友人・恋人などに対する嫌がらせを行うケースも珍しくないそうだ。


また、ひどい時には不死者に対する直接的な暴力を行い、逮捕された事例もある。


不死者は、死ぬことはできない。

故に、集団リンチという言葉が生ぬるいほどの、拷問のような所業を受けることもある。


感染者ではない人間からの差別、暴力、誹謗中傷。

それで病んでしまい、犯罪行為に走ってしまう不死者も出てきて、上記の事例と同じく社会現象にまで発展していった。


最初に不死の病感染者が確認されてから、3年経過した2021年現在では、不死の病感染者は60人を超えている。


今まで普通に生活していたはずなのに、心にもない言葉で全てを奪われる。

救いを求めようとしているのに、差別の言葉によって踏みにじられる。


「…少し感情的になりすぎたわ。

手記を書くのは、もうこの辺にしておきましょう。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。


「入っていいわよ。」

パソコンを閉じ、ドアの方に向けて女は言う。


「姉さま、失礼します。」

たどたどしい口調で、扉を開ける幼い少女。


4~5歳ほどの年齢で、愛らしい顔立ちをしている少女だが、その瞳にはどこか曇りがある。


「姉さま」と呼ばれた、長い黒髪に切れ長の瞳、黒いロングワンピースに身を包んだ女は優しくその少女に問いかける。


「どうしたの?貴女がこんな時間に、私の書斎に来るなんて珍しい。」

「怖い夢を見たんです。両親や友人や、知らない人からいじめられる夢を。」

「…そう、悪夢ね。来なさい。」


女は、少女を呼び寄せ、少しだけ抱きしめる。


少女は、不死者だった。

幼い見た目で勘違いされがちだが、実年齢は20歳だ。

その見た目と不死性から、周囲の人間から虐待を受けた過去を持つ。


無力な幼子の姿をしているが故に、抵抗もできなかった哀れな少女。

その子を拾ったのが、この女である。


そして、この女もまた迫害された、不死者の一人でもある。


少女は、女に抱きしめられると、ほんの少しだけ頬を緩めた。


「姉さま、私たちはずっとこの生活を続けられるでしょうか。」

「ええ、続けられるわ。私の仕事は家でできるし、何よりこの家自体が人里から離れている。収入もあるし、当面は二人だけで生活できるわ。」

「…私は怖いです。もし、また私の時のように怖い人が生活を壊しにきたらと考えると…。」

「大丈夫、その時は私が守るわ。絶対に貴女だけは、守ってみせる。」


黒髪の女は、幼い少女を抱きしめながら、そう呟く。

少女は安心したのか、抱きしめる力を少しだけ強くして、微笑んだ。


そして…窓際から、数人の人影がこちらを見つめていた。

ぎらついた瞳、手にはバッドやスタンガンなど物騒な武器が握られている。


…女の手記の続きは、もう描かれることはなかった。





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