<短編版>【念願の異世界生活】〜召喚先はラスボス戦の真っ只中でした〜
地獄少年
第1話念願の異世界召喚!
【プロローグ】念願の異世界召喚!
オレは17歳の引きこもり。
アニメやラノベをこよなく愛している。
引きこもりではあるが、ジョギングだけは毎朝の日課として欠かさず続けている。
高1の夏までは、クラスの人気者(?)とまではいかくても普通の高校生活を送っていた。
高1の夏、オレは人間関係で大きなトラウマを背負ってしまった。
軽い人間不信に陥ってしまい、“人“と関わるのがイヤになったのだ。
人との関わり・社会との関わりから逃げ出したオレは、今となっては本当に“ただの引きこもり少年“となってしまっていた。
今朝も、いつも通りにジョギングをしている。
(お!もうすぐラストスパートだな)
スマートウォッチをチラッと見て時間を確認する。
ワイヤレスイヤホンから流れる曲が変わった。
お気に入りアニメのOPだ。
この曲はいい。ノリの良い曲だ。自然と走るスピードも上がっていく……。
『……助けてっ!』
「え!?」
突然、頭の中に“少女の声“が割り込んできた。
思わず立ち止まって周りを見渡すが、それらしき“少女“の姿は見当たらない。
すると、立ち止まったオレの足元に魔法陣が現れる!
「……えぇ!?」
光り輝く魔法陣はみるみる大きくなり、そのままオレの体を包み込む。
「こ、これって……もしかして、異世界召喚か!?」
思い返せば、「異世界転生・異世界転移」を何度夢に見たことだろうか。
街でトラックを見かけたら妙にテンションが上がってしまうし、衝動的に“1歩“を踏み出そうとしたことだって何度かある。
今の人生には夢も希望も未練も無い。
ただただ、人生をやり直したいと願うばかりの“意味のない日々“を送っているだけだった……。
(……!?)
オレの足元から“地面“の感触が消えた!
ふわふわと宙に浮いている感覚。
(間違いない!異世界召喚だ!!)
胸が高鳴る!
テンションが上がる!
妄想が広がる!!!
どんな世界が待っているんだ?
やっぱり“中世ヨーロッパ風“で剣と魔法の世界なのだろうか?
冒険者ギルドで登録手続きか?
そうだな。男はやっぱり【冒険活劇】だ!
苦難を乗り越えながら強くなる!
男が憧れる冒険者生活。
いや、【ハーレム展開】も捨てがたいな。
たまたま偶然知り合ったお姫様とイチャコラしたい。
ふ、双子のメイドは必ず現れて欲しいな!
そうだな〜、メインヒロインはショートカットでとびっきり可愛い子でお願いします。
あ〜、でもやっぱり【俺TUEEE展開】かな。
“世界最強“って憧れるよな。
剣と魔法で無双するんだ!
攻撃魔法に回復魔法。
変身魔法とかあったら面白そうだな。
滅びの呪文……はやめておこう。
そんな呪文を使う展開は望まない!
何も望んでいないのに、気がついたら“英雄“扱いされたりして。
お金と地位と名誉が転がり込んで来て、周りからチヤホヤされまくる。
【異世界生活】やっぱ最高じゃねえか!
魔法陣の光に包まれていたほんの僅かな時間の中で、オレはありとあらゆる事を妄想をした。
心臓バクバク。
アドレナリンどばどば。
ワクワクが止まらない!
(……あっ!)
足元に地面の感触が戻ってきた!
ついに異世界だ。
さて、いったいどんな場所にオレはおり立つんだ!?
『どさっ……』
何かが落ちる(?)ような音が聞こえた。
同時に、オレの足はしっかりと地面を踏みしめることができた。
徐々に視界がハッキリしてくる。
(薄暗い場所だな……。それに、妙に熱気が充満している……)
「来たか!」
「支援魔法を頼む!!!」
「急げっ!!」
三人(?)の緊迫した声が飛び込んできた。
「はぁっ!!??」
(『支援魔法を頼むっ』て……お前ら誰だよ!?)
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【第1章】いきなりラスボス戦!?
視界がハッキリしてきたので声がした方を見ると、三人が戦闘体制(?)のように身構えて立っていた。
「急げ!!」
さらに、切羽詰まった声が届く。
(……いや、だから、お前は誰なんだよ!)
心の中で再びツッコミを入れてしまった、まさにその時。
足元が大きく揺れて、空気がビリビリと震えた!
『グァァァァァァァァ!!!!!』
声(振動?)の方を見ると、そこには赤くて大きな生き物が立っていた。
「ド、ドラゴン!?」
5m?いや10m?
首が痛くなるくらい上を見上げたが、あまりにも大き過ぎて大きさがよく分からない。
大きな翼に大きなツノ、鋭い牙に長くて太い尻尾が見える。
紛れもなく【ドラゴン】である。
「なっ、なんで!?」
突然現れた巨大モンスターの、そのあまりの大きさに足が震えて動けない。
あらためて自分の体を見てみるが、もちろん武器や防具なんて無い。
ジャージとジョギングシューズのままである!
(な、何をすれば……、いや、何も出来ない……)
目の前に立ちはだかるドラゴンの姿を確認したオレは、力が抜けて尻もちをついてしまった。
(こんなの、無理だっ……)
「何をやっている!早く支援魔法を放て!」
「オレたちを見殺しにきたのか?」
「イライラするわね!先にあなたを殺すわよ!」
先程の三人が罵声を浴びせてくる。
「ちょっと待て!オレは何も出来ない!!!」
ほんと、あいつらは何を言っているんだろうか!?
まずは、オレを支援しなきゃいけないだろ!
ドラゴンよりも、こいつら三人に殺意を抱く。
ふと、何か“大きな塊“が視界に入った。
(えっ!?)
目の前には少女が倒れていた!
ドラゴンとの戦闘中にもかかわらず、無防備に横たわっている少女の姿はあまりにも“不自然“だった。
「おいっ!この子はどうした?大丈夫なのか!?」
「お前をこの世界に呼んだのは、その子だ!」
「支援系ってのは、なんでこうも弱いんだ?」
「助っ人を呼んだら戦闘不能なんて、ほんと使えないヤツね!」
彼らとこの少女は仲間じゃないのだろうか?
ドラゴンを目の前にして倒れているのに、この少女のことを心配している様子は微塵も感じられない。
「おいっ!大丈夫か!?」
目の前で倒れている少女を、両腕で抱き抱える。
息はしているようだ。
目立った外傷は無いようだが、オレの呼びかけには反応しない。
召喚魔法(?)を使ってオレをこの世界に呼び寄せた結果、魔力でも尽きてしまったのだろうか???
「三人同時に行くぞ!!!」
「これでも喰らえっ!」
「死にさらせ、このボケっ!!」
「さっさと、死になさい!」
二人の男はそれぞれの武器で攻撃をしかけ、残りの女性は派手な魔法(?)をぶっ放した!
『ドスゥゥゥゥゥゥッン』
なんと、あの大きなドラゴンがいとも簡単に倒れた!
『グァァァァァァァァ!!!!!』
(苦しんでいる?)
ドラゴンは体と尻尾を大きく動かしながら悲鳴のような咆哮をあげる!
(なんだコイツら。むちゃくちゃ強ぇじゃねえか!このままいけば、倒せるんじゃないのか?)
「……なさい……」
(ん!?)
「……ごめん……なさい……」
両腕で抱えている少女が、消え入るような声で話しかけてきた。
「ごめんなさい……。あなたをこの世界に呼び出したのは……、私です……。」
少女の小さな右手が、オレの腕を弱々しく掴む。
「あの人たちは悪い人では……無いのです……。ただ少しだけ……我を忘れているだけ」
「大丈夫!キミはそのまま休んでいて!今、三人がドラゴンを圧倒しているから!!!」
少女は見るからに苦しそうだ。
話しかけてくれるのは嬉しいが、今は喋らない方が良い。
「……ハァ……ハァ……ハァ……」
苦しそうに息をする少女。
痛々しくて見ていられない。
「今の私たちは……力不足なんです……。このままでは、確実に全滅……します……」
(全滅!?)
三人がドラゴンを圧倒しているのに、この少女は全滅すると言っている。
そこまで実力差があるようには見えないのだが……。
「……ハァ……ハァ……ハァ……。あなたが……あなただけが……最後の望みなのです……」
(……そんな!)
この世界に召喚したばかりで右も左も分からないオレが“最後の望み“と言われても、何のことだか理解できない。
オレから言わせて貰えば、戦闘中の三人こそが“最後の望み“なんだけど……。
小さくて弱々しい少女の手に、ほんの少しだけ力が入るのが分かった。
「……だから……たすけて……」
(た・す・け・て!?)
ジョギング中、頭の中に入ってきた“少女の声“だ!
あの時聞こえた“声“は、この少女の切実な願いだったと言うことか?
切実な願いと共に、オレをこの世界に召喚させたということだろうか?
少女の大きな瞳からは「贖罪」と「懇願」の意思がハッキリと読み取れる。
そして、苦しみに必死に耐えているようにも見える。
「わ、分かった!」
オレは我を忘れていた。
大きなドラゴンを目の当たりにしてパニックになっていた。
心が折れて絶望し、三人の攻撃に望みを託し、オレはいつの間にか“傍観者“となっていた。
異世界にきて、まだ数分しか経っていないはず。
わずか数分で、オレは目の前の“現実“から逃げていたのかもしれない。
せっかく異世界に来たのに、今までの引きこもり人生と同じ道を歩もうとしていた。
そう。オレは“逃げること“が当たり前になっていたのだ。
異世界に来たから人生が変わるわけじゃない。
“生き方“そのものを変えなければ人生は変わらない。
逃げるだけの生き方では、引きこもり生活と変わらない。
「ありがとう。キミのおかげで、少しだけ冷静さを取り戻せたよ。」
「………」
オレの言葉を聞いて安心したのだろうか?
少女は小さく微笑んで静かに目を閉じた。
オレに何ができるのだろうか?
まだ何も分からない。
いや、目の前には大きなドラゴンがいる。
ゆっくり何かを考えている余裕なんか無い!
そうだ。
こうなってしまったら、もう、開き直るしかない!
少女を静かに寝かせて、力強く立ち上がる!
戦闘中の三人に聞こえるように、オレは大きな声で叫んだ。
「状況を、確認する!!!」
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【第2章】状況は最悪!?
異世界に転移してきたばかりのオレに、いったい何ができるのか?
何かをやるにしても、まずは今の状況を知らなければ始まらない。
「状況を確認する!お前たちのことを教えてくれ!特技は何だ?」
「オレは勇者。剣と魔法での攻撃が得意だ!」
「戦士だ。剣での攻撃!」
「魔法攻撃よ!」
(三人とも、攻撃特化かよ!)
「支援・回復ができるやつは?」
「そこに倒れている賢者だけだ!」
「だからお前を呼んだんだろっ!」
「見ていて分からないの!?」
(三人が攻撃特化で後方支援がたった一人?パーティバランス最悪じゃねえかよ!)
状況を確認した結果、この状況を切り抜ける最善の方法は一つしか思いつかなかった。
「一旦、この部屋から逃げよう!この子を回復させて、体制を立て直すべきだ」
この状況でドラゴンと戦うなんて無茶だ。
あと“勇者“って回復魔法は使えないのか?
「無理だ!ドラゴンを倒さないとこの部屋からは出られない!」
「はぁ???」
「だから、さっさと支援魔法を放てと言っているだろ!オレたちを援護しろ!」
勇者がドラゴンを見据えながら、オレに指示を出してくる。
今の状況で一番確実な方法は、全員で逃げることだった。
しかし、ドラゴンを倒さないと逃げられないなんて……。
お前ら明らかに実力不足な状態で、なぜドラゴンを倒しに来たんだ?
この少女は自分を犠牲にしてまで、なぜオレを呼んだんだ?
オレが支援したら、お前ら三人でドラゴンを倒せるのか?
数々の疑問が、オレの頭の中を駆け巡った。
(オレは支援系なのか?回復魔法とか使えるのか???)
「耳を塞げっ!ドラゴンの風の咆哮だ!鼓膜が破れるぞ!」
勇者が叫ぶ。
三人の同時攻撃を受けて倒れていたはずのドラゴンが、すでに立ち上がっていた。
(えっ?耳を塞げと言ったって……)
オレは慌てて少女の両耳を塞いだ。
自分の耳を塞ぐことは後回しにしてしまった。
『ブワァァァァァァン』
ドラゴンから物凄い“振動“が伝わってくる。
空気が激しく振動し、体全身がビリビリと震える。
(くっ……)
オレの耳がどうなるのか賭けだったが、大丈夫だった。
イヤホンの“ノイズキャンセリング機能“が役に立った!
「助かった……」
「逃げろっ!火炎の咆哮がくるぞッ!」
再び、勇者が叫ぶ。
「ちょっと!」
ちょっと待ってほしい。息つく暇もない。
ドラゴンの大きな口から、今まさに炎が噴き出されようとしている。
(ゲームじゃ無いんだ。都合よく待ってくれるわけ無いか……)
幸運にもオレはジョギングシューズを履いていて身軽に動ける。
逃げるのは簡単だ。
(……いや、ダメだ!)
彼女も一緒に避難させないと、彼女だけ炎に焼かれてしまう!
少女を抱き抱えて急いで逃げようとするけど、さすがに素早くは動けない。
(動け!オレの足!!!)
『ゴォォォォォォォォ!!!』
ドラゴンが炎を吐き出した!
オレと少女が炎に包まれる。
勇者たち三人も危ない。
「テレポート!」
勇者が魔法(?)を唱えた。
次の瞬間、オレの腕から少女が消えた!
(えっ?)
急に軽くなった反動で、オレは前のめりに転倒する。
転倒したおかげで、ドラゴンの炎は回避できた。
炎の直撃は回避はできたけど、熱気は回避できなかった。
すぐ横を通り過ぎた炎は火傷しそうなほどにむちゃくちゃ熱い!!!!
(少女はどうした?)
周囲を見渡すと、ドラゴンの右斜め後ろに四人揃って移動していた。
(瞬間移動の魔法か。便利な魔法だなぁ。)
パーティメンバーだけを瞬間移動させる魔法なのだろうか?
オレも一緒に移動させろよと言いたい。
(いや……おい!あれはダメだろ!)
ドラゴンの後方から三人は攻撃体制に入っていた。
しかし、その後ろで少女は無防備に横たわっている。
あの状態では少女はいつ死んでもおかしくない。
三人は何も気にしていないようだ。
少女が死んでも良いのか?
少女のもとへ走りながらオレは叫んだ。
「テレポートはもう使うなっ!」
これ以上使われると、オレは少女を守ることが出来ない。
『ドォォォォォォォォォンッ!』
次に、ドラゴンは大きな尻尾を振り回してきた!
オレは飛んでくる小さな瓦礫を走りながら回避した。
攻撃体制に入っていた三人もかろうじて尻尾を回避したようだ。
倒れている少女には、運よく尻尾は当たらない距離だった。
しかし……。
(!!!!)
ドラゴンの尻尾で吹き飛ばされた瓦礫が、少女を直撃した!
(あれはヤバいっ!)
少女のもとへ辿り着いたオレは言葉を失った。
飛んできた瓦礫は、腹部と顔面を直撃したようだ。
腹部から大量の血が流れ出している。
「……ごふっ……」
少女は、その小さな口から大量に吐血した。
白を基調にした少女の服も、オレのジャージも血で真っ赤に染まっていく。
先程のドラゴンの炎からも完全に回避できていなかったようだ。
本来なら青くて美しいであろう少女の長い髪も、ところどころ焼け焦げてしまっている。
オレは少女を抱きかかえて、部屋の隅に転がっている大きな瓦礫の後ろへ避難した。
「……ごふっ……はぁ……はぁ……はぁ……」
良かった。
少女は死んでいない。
まだ意識はあるようだ。
「……あなたの……“願い“を……思い出して……」
瀕死の少女が、消え入るような小さな声で語りかけてきた。
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【第3章】絶体絶命!!!
「……あなたの……“願い“を……思い出して……」
瀕死の少女が、懸命に語りかけてきた。
「この世界は、自分自身の強い願いや思いが……実現すると言われています……」
「……ハァ……ハァ……ハァ……。この世界にくるときに、……あなたが思ったこと・願ったことを……思い出してください……」
そう言い終えると、少女は意識を失った。
薄暗い部屋にいるけど、少女の顔から血の気がひき青ざめていくのがハッキリわかる。
(これは、本当にヤバい!)
「おい!大丈夫か!?」
オレは声をかけたが、少女からは何の反応もない。
(……“思い“って何だ?“願い“って何だ?)
強い願いや思いが実現する世界?
少女に言われた通り、オレは転移中に思ったことを考えた。
確か……異世界転移にワクワクして……いろいろ妄想して……
(……魔法か!?)
そうだ、最上級の魔法で無双状態の自分を妄想したはずだ。
この少女の言う“思い“や“願い“と、オレの“妄想“は同じ扱いでいいのか分からない。
分からないけど、今は信じるしかない。
(魔法……本当に使えるのか?)
しかし、悩んでいる時間はない。
目の前の少女には、もう時間が残されていない。
回復魔法を使って怪我を治してあげないと、少女は死んでしまうだろう。
回復魔法を使うとして、何をすれば良いのか、どんな言葉を唱えれば良いのか何も分からない。
「ケアルッ!」
「ポーションッ!」
「リカバリー!」
「ヒール!」
オレは回復魔法っぽい言葉を思いつくままに叫んだ。
“ヒール“と叫んだ瞬間、少女の体が一瞬だけ淡い光に包まれた。
(……よしっ!)
「ヒールッ!」
再び、少女の体が淡い光に包まれる。
しかし、ヒールでは効果が小さいのか、少女の容体に変化はない。
(最上級の回復魔法???)
もっと効果が大きい回復魔法を唱えなければ、少女の体は回復しそうにない。
オレは、少女の右手を強く握りしめて叫ぶ。
「スーパー・ヒール!!!」
(“スーパー・ヒール“って何だよ!適当すぎるだろっ!?)
適当に叫んだ言葉が本当に意味不明でうんざりしてしまった。
しかし次の瞬間、少女の体が金色の眩しい光に包まれた!
(効くのか?頼むっ!治ってくれっ!!!)
オレは藁にもすがる思いで祈った。
金色の小さな粒子が少女の体を包み込んでいる。
この世界に転移するとき、魔法陣に包まれたのと同じような眩しさだ。
5秒…いや10秒くらい経っただろうか。
金色に輝いていた光がおさまった。
オレは、少女の様子を伺う。
腹部からの出血は止まったようだ。
血に染まった服や焼け焦げた髪はそのままだが、顔や腕のキズは綺麗に回復しているように見える。
(……治った……のか???)
『ゴォォォォォォォォ!!!』
オレの周囲が熱気に包まれた!
顔を上げると、ドラゴンが勇者たち三人に向けて炎を吹き出している!
ドラゴンは、本当に休ませてくれない。
現実の戦闘は本当に気が抜けない。
三人はうまく炎を交わしきった。
しかし、ドラゴンは三人の動きを読んでいたのだろうか。
炎を避けて着地した三人に向かって、大きな尻尾を振り抜いた。
「あっ!!!」
ドラゴンの大きな尻尾が三人を直撃して、部屋の端まで吹き飛ばした!
(……ウソだろっ!?)
吹き飛ばされた勢いそのままに、三人は壁に激突したのだ。
倒れた三人はピクリとも動かない。
まず無事ではいられないだろう。
それどころか三人は生きているかどうかも怪しい。
それくらい激しい勢いで吹き飛ばされ、壁に激突した。
(ちょっと、待ってくれ!)
異世界に転移してきて、いったい何分経った?
自分自身が置かれている状況が何となく掴めてきたばかりなんだぞ。
そんなタイミングで、もうこの部屋で動けるのはオレ一人だけになってしまっている。
勇者たち三人は動く気配がない。
腕に抱えている少女も、まだ意識が戻りそうもない。
“異世界転移者“であるオレをサポートしてくれる人は、もうこの部屋にはいない。
「“ないない“だらけじゃねぇか!」
(やれる……のか?)
ドラゴンは待ってくれない。
四人の回復を待っている時間はない。
もちろん、ここから逃げることも出来ない。
オレが一人でドラゴンを倒さなきゃいけないのは分かる。
しかし、本当にやれるのか?
やれるとして、どうやって倒すんだ?
オレにいったい何ができるんだ?
誰か教えてくれよ!
少女をそっと床に寝かして、恐る恐るたち上がる。
ドラゴンがとどめを刺そうと三人に近寄っている。
あと一撃でも喰らえば、あの三人は死んでしまうだろう。
ドラゴンがこちらに来ても、少女を庇いながらでは戦えそうにない。
夢にまで見た異世界生活。
たった数分で終わらせたくは無い。
「くそっ!攻撃魔法!!!」
ドラゴンに向けて、オレは思いつくままに攻撃魔法を仕掛けた!
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【第4章】一か八か!? 裏か表か!? Dead or Alive !?
「ファイヤー!」
「ウォーター!」
「ブリザード!」
「スリープ!」
「フリーズ!」
オレは攻撃魔法を放つために、思いつく言葉を片っぱしから叫んだ。
“ブリザード“だけが、少しだけダメージを与えたようだ。
(……いや、これじゃダメだ!)
攻撃魔法は今まで女の魔法使いが散々使っていた。
それでもドラゴンを倒せていない。
オレの付け焼き刃のような攻撃魔法でドラゴンを倒せるわけがない。
それに、かなりのダメージを与えてもドラゴンはすぐに回復してしまうようだ。
オレの魔法を受けた影響で、ドラゴンがこちらの存在に気付いた。
顔をこちらに向け、倒れている三人からオレの方に意識が移った。
(ヤバい。こっちに来る。何か、他に何か方法は……)
攻撃魔法以外でダメージを与える方法を考える。
武器による攻撃はできない。
他に、何か方法は……。
(……そう言えば、ここって“ゲームの世界“なのか!?)
ダンジョンにドラゴンがいて、勇者や賢者が剣と魔法で戦っている……。
状況から推測すると、これは“ラスボス戦“のようだ。
ゲームの世界だと考えても良いのではないのか?
もし、ここがゲームの世界だとすると……、ラスボスにダメージを与える方法……。
(あった!……一か八かだ!)
「スーパー・ヒール!!!」
何のゲームだったか忘れたが『ラスボスに回復魔法を唱えると大きなダメージを与えられる』と聞いたことがあった。
オレは思いつくと同時に“スーパー・ヒール“を叫んだ。
ドラゴンの体が金色の光に包まれる!
(頼む!効いてくれ!ダメージを与えてくれ!!!)
このままドラゴンが回復してしまったら、おそらく万事休すである。
再び、藁にもすがる思いで祈った。
『グァァァァァァァァ!!!!!』
ドラゴンが口から血を吐き、大きな悲鳴をあげながら倒れた。
(よしっ!効いてくれた!)
ホッとしたのも束の間、次の手を考えなくてはならない。
おそらく、魔法攻撃だけではドラゴンは死なないような気がする。
時間が経てば、ドラゴンはすぐに回復してしまうだろう……。
(……何か、次の手はないのか!?)
「……変身魔法!?」
こちらの世界へ転移しているとき、確かオレは変身魔法のことも妄想した。
そんな妄想が実現するのだろうか……。でも、悩んでいる暇はない。
「変身って……、何に変身すれば良いんだ?」
ドラゴンを倒せる何か……。
ドラゴンより強い何か……。
(……そうだ!!!)
「裏ボス!」
オレは、思いついた言葉を大声で叫んだ。
ラスボスより強いモンスターは“裏ボス“しかいないじゃないか!
(……ダメ、なのか!?)
「裏ボス!!」
「裏ボス!!!」
「隠しボス!!!!!」
(……頼むっ!頼むっっ!!)
藁にもすがる祈りは、もう何度目だろうか。
気がつくと、オレの体が赤い光で包まれていた。
(何だ?どうなっているんだ?)
変身魔法の効果か?
しかし、俺の体が怪しげなモンスターに変身した様子は無い。
体は“人間のまま“だ。
見た目は人間のままだけど、身体中から力が湧き出るような感覚に包まれている。
そして、オレに向かってきているドラゴンの動きが、スローモーションになっている……。
(……はぁ!?)
もう訳がわからない。
訳はわからないが、考えている暇はない!
オレは自分自身を大きく鼓舞した。
(ありったけの“勇気“を絞り出せ!!!)
変身魔法で強くなっていることを祈りつつ、オレはドラゴンに向かって大きく一歩を踏み出した!
「……えっ!?」
10メートルほど離れていたドラゴンに向かって一歩を踏み出しただけなのに、ドラゴンの懐が目の前まで迫っていた!
「くそっ!」
自分自身の動きの速さにびっくりして体制を崩しつつも、オレはドラゴンの体に向けて左腕を大きく振り抜いた!
『ズボッッッ!!!』
振り抜いたオレの左腕は、ドラゴンの体に深く突き刺さった。
『グァァァァァァァァ!!!!!』
ドラゴンがさらに大きな悲鳴をあげる。
本当に“裏ボス“に変身できたのだろうか。
オレはいとも簡単にドラゴンにダメージを与えることができた。
とはいうものの闇雲に攻撃しても意味がない。
攻撃をするとして、ドラゴンの弱点は⁉︎
弱点を狙わないと勝機は来ないだろう。
しかし、結論が出るまで考えている余裕はない。
ドラゴンが回復する前に、攻撃を叩き込まなければならない。
オレはとにかく思いつくままに攻撃した。
両目にパンチをお見舞いし、アゴを砕き、大きなツノをヘシ折り、大きな翼をひき千切る。
『グァァァァァァァァ!!!!!』
ドラゴンは苦しそうに暴れているが、まだ死にそうにない。
(他に弱点は!?)
ドラゴンの体を見渡す。
(……首を切り落とせば死ぬかな?)
オレは、ドラゴンの太い首を両腕で抱きかかえた。
樹齢数百年の御神木のような、太くて大きい首だ。
ひと呼吸入れて、両腕に力を入れる。
「おらぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドラゴンの首を周回するように、勢いよく体を回転させた!
『グシャッッッ!!!』
ドラゴンの太い首を捻じ切ることができた。
しかし、体はまだ暴れている。
首を捻じ切っても死なないのだろうか?
(他に、他に何か……)
あとは心臓だ。
大きな体の奥深くにあるであろう心臓。
素手ではちょっと無理かもしれないと思って後回しにしていたが、もう心臓を狙うしか残っていない。
(ドラゴンの心臓って、どこだ?)
ドラゴンの心臓が人間と同じ左胸にあるとは限らない。
分からないけど、考えても答えは見つからない。
分からないなりに、オレは胸の中央部に左腕を思いっきり突き刺した。
ドラゴンの鱗を突き破って体に深く突き刺さったが、左腕の長さだけでは心臓まで届かないようだ。
ドラゴンの胸を覆っている鱗を片っぱしから引き剥がしていき、胸の肉を引きちぎりながら自分の体ごとドラゴンの中へ入っていった。
『ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……』
ドラゴンの鼓動が聞こえてくる。
間違いなく心臓が近くにある。
俺はもう一度左腕をドラゴンの肉壁に突き刺した。
(……グニャッッ……)
左手に嫌な感触が伝わってきた。
確認する時間が惜しいので、そのまま握りつぶす。
ドラゴンの胸から自分の腕を引き抜いた瞬間、ものすごい圧力の水が吹き出してきた。
水圧に負けたオレの体は、大きく吹き飛ばされる!
「……ゲホッ……ゲホッ……」
水と思われた液体は、ドラゴンの血だった。
顔はもちろん、全身がドラゴンの血で真っ赤に染まっている。
握り潰したのは、ドラゴンの心臓だったようだ。
(ゲホッ……ゲホッ……うっっ……)
ドラゴンの血はドロドロしていて気持ち悪い上に、かなり臭い!
(いや、ここで倒れている場合じゃない!)
血まみれの顔を拭い、立ち上がりながらドラゴンの様子を確認する。
(!!!!)
ドラゴンの体が青白い光に包まれている。
(頼む。このまま死んでくれ!)
このまま第二形態なんかに進化されたら、もう終わりだ……
オレは、祈りながらドラゴンを見つめる。
青白い光が消えていくと同時に、ドラゴンの体も消滅していった。
(……倒した……のか?)
10秒…いや30秒ほどドラゴンが倒れていた場所を見つめていたが、何も変化は見られない。
本当にドラゴンを倒したと思って良さそうだ。
オレは後ろを振り向いて、少女の様子を確認した。
(良かった……大丈夫そうだ)
先程の戦いで、瓦礫が崩れたりはしていない。
少女の意識はまだ戻らず、寝たままの状態のようではあるが……。
「あとは、あの三人か……」
ドラゴンの尻尾で部屋の隅まで飛ばされた三人の元へ近寄る。
三人とも生きてはいるようだが、身動き一つしない。
(はぁ。仕方ないな……。)
「スーパー・ヒール!」
さんざん罵声を浴びせてきた三人だ。
このまま放置したって良いのだが、一応回復させてやることにした。
(あれ?)
疲れているのだろうか。
少女やドラゴンに向けて放ったように三人の体が金色の光に包まれることはなかった。
ちょうどノーマルなヒールを唱えた時のようにわずかに体が光るだけだ。
そして、“スーパー・ヒール“を詠唱した途端、体の力が抜けた。
『どさっ……』
力なく、オレはその場に尻餅をついた。
「本当に、ドラゴン倒したのかな……?」
もう一度、ドラゴンがいた場所を確認する。
大丈夫そうだ、間違いなくドラゴンは倒したようだ。
しかし、目の前で起こった“現実“をオレはまだ飲み込めていない。
本当に夢のような現実離れした出来事だった。
ジョギングをしていたら少女の声が聞こえて、魔法陣に包まれて、異世界へ転移したと思ったら目の前にドラゴンがいて……、そして、俺が一人でドラゴンを討伐した。
冷静に振り返ってみても現実とは思えない不思議な感覚。
右腕のスマートウォッチに目をやる。
この世界に転移してきて、まだ20分も経っていない。
ほんの20分前まで、俺は向こうの世界でのんびりとジョギングをしていたのだ。
「まぁ、いいか……」
今はもう何も考えたくない。
体も頭も疲れた……。
オレはその場で大の字に寝転んで、ゆっくりと目を閉じた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
【エピローグ】念願の異世界生活!?
(……こいつ、転移してきたヤツだよな……)
(……何者なんだ?コイツは……)
(……このまま殺してしまいましょうよ!……)
遠くで、誰かの話し声が聞こえてくる……。
(……おいっ!起きろっ!)
『ゴツッ……ゴツッ……』
頭が何かにぶつかっているのか?
感覚はないが、ゴツッゴツッと骨から振動だけが伝わってくる。
「おいっ!起きろっ!」
『ゴツッッッ!!!』
勇者が、倒れている少年の頭を大きく蹴り上げた。
ふっと目が覚めて、オレは飛び起きた!
「何だ!?」
あたりを見回す。
「……あっ!」
オレはしばらく寝ていたようだ。
目が覚めると同時に、今までの出来事がフラッシュバックして蘇る!
ジョギング、魔法陣、異世界、ドラゴン、少女……
「はっ!あの子は!?」
慌てて後ろを振り返る。
少女は、大きな瓦礫の横で眠っている。
(良かった。無事みたいだ……)
少女が無事であることを確認してホッとすると同時に、異世界での出来事が夢じゃなかったことを実感する。
「おい!お前!」
「え!?あ、はいっ!?」
「俺たちはこれから王城へ戻る。申し訳ないが、素性のわからないお前を王城に連れて行くわけにはいかない」
勇者が冷酷に告げる。
「ドラゴンは消えたから、ダンジョン内にモンスターはもう出ないだろう。あとは自分で何とかしろ」
戦士が投げやりなアドバイスを呟く。
「野垂れ死ぬか、生き残るか。どちらにしても、あなたと会うことはもう二度と無いわね」
女魔法使いが冷たく言い放つ。
「じゃあな!」
「テレポート!」
言いたいことだけ言い残して、勇者は瞬間移動の魔法を唱えてオレの前から姿を消した。
ドラゴンがいた大きな部屋には、オレだけが取り残された。
(あいつら、マジなんなん⁉︎)
勝手に異世界に呼び出して、何の説明もなしに命令だけしてきて、必死の思いでドラゴンを倒したと思ったら礼の一つも言わずに消えやがった……。
静寂の中で、一人途方に暮れる。
ダンジョンの奥深くで、何の装備も持たず、これからオレはどうしろと言うのだ。
「こ、これって、追放モノってこと!?」
念願の異世界生活。
冒険活劇・ハーレム展開・俺TUEEE展開……この世界に転移してくるとき胸を躍らせて妄想したオレの異世界生活は、追放展開だったとは。
(いや、追放されるにしても、それなりの理由があって良いだろ?)
『素性のわからないヤツ』って、追放される理由になるのだろうか……。
「もとの世界に返して下さいって言っても、もう遅いよな……」
顔の筋肉が引き攣っているのが、自分でも分かる。
「ハハッ……ハハハッ……」
(ざまぁねぇな。オレ!)
もう、笑うしかなかった。
今の自分が置かれている状況を理解したオレは、力無く肩を落とした。
右腕のスマートウォッチが目に入る。
(30分くらい眠っていたのか……)
この世界に転移してきて、まだ1時間も経っていない。
念願だった異世界転移。
何度も何度も夢にみた異世界生活。
オレの戦いは、今……オワタ!
END
<短編版>【念願の異世界生活】〜召喚先はラスボス戦の真っ只中でした〜 地獄少年 @Jigoku_Shonen
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