第20話 頼れるあの人が登場!!
キョンシーに噛まれた
もはやこれまでかと唇を噛み締める
現場は絶体絶命と言える状況を迎えていた。
「とりあえず、早くもち米を詰まらせないと、じゃなくて、ええと」
依依は訪れた危機的状況に混乱し、物騒な言葉を口走る。
とは言えもち米は間違っていない。何故ならもち米は魔除けの作用があるからだ。よってキョンシーに噛まれた人物をもち米を混ぜた風呂に入れたり、噛まれた部分にもち米を直接乗せたりするのは、解毒作用的に大変効果的な方法だと言えるのである。
「だからとにかくもち米!!」
依依が「もち米、もち米」とわたわたしていると、真ん中のキョンシーがこちらを振り返った。
「もう、いい加減にしなさい」
依依は怒りを込め、桃剣でキョンシーの額を思い切り突こうと腕を伸ばす。しかし僅かに距離が足りず、キョンシーが依依の突き出した剣を両手で挟み、受け止めた。
「くっ」
依依はキョンシーの両手に挟まれてしまった桃剣を引き抜こうとする。しかしながらキョンシーも、挟んで受け止めた依依の
とその時、何処からともなく不自然な風が室内に吹き込む。
「えっ、何?」
依依が頬に伝わる柔らかい風に怯んだ瞬間、目の前のキョンシーの額に何者かの手が伸びた。
「だ、誰?」
思わず呑気に問いかけ、そして依依は咄嗟に顔を横に向け体を硬直させる。
「パンダ?」
目に見える事実をそのまま口にする依依。
依依の隣に立つのは自分と同じような黒い道衣に身を包み、顔にパンダのお面を被った人物である。謎の人物は依依が対峙するキョンシーの額に黄色い霊符を貼ると、そのまま何事もなかったかのように部屋の外に向かって歩き出した。
(一体なに?)
唖然とする依依を他所に、現れた時同様、ひっそりと入り口から出ていく謎の姿を目で追う依依。
「ゔゔゔーー」
目の前でキョンシーの唸り声が聞こえ依依はハッとする。
依依は入り口に向けていた顔を目の前のキョンシーに戻す。そしてキョンシーの額に貼り付けられた黄色い霊符に書かれた文字を確認し、サッと顔を青ざめた。
「うそでしょ」
依依はキョンシーに剣心を掴まれたまま、厄介な事になったと青ざめる。
キョンシーの額にピタリと貼られた黄色く長細い霊符には、上部中央に
(問題はその文字なんだけど……)
『
八卦の下、わかりやすく書き込まれた内容を理解した依依は思わず眉間に皺を寄せる。
陏身保命と書かれた霊符の効力は、霊符作成者がキョンシーを意のままに操る事が出来るというもの。
(となると相当まずい状況かも)
依依は剣心を握る手力を込め、今はまだ目を閉じ急に大人しくなった不気味なキョンシーに対し全力で警戒する。
何故なら今までは本能で人間に襲いかかっている状態だった為、キョンシーの行動パターンは
しかし何者かに操られたキョンシーは途端に術者の思考を介した動きになる為、全く動きが読めなくなるのである。
(つまり、三割増しどころか、相当厄介なキョンシーになったってことなんですけど)
自分が置かれた状況を理解し依依が顔を顰めたその瞬間、顔を突き合わせているキョンシーがカッと大きく目を見開いた。おぞましいキョンシーの真っ赤な目が依依の視線と絡む。
「ゔゔゔーー」
キョンシーが短く叫びながら依依が突き出したままの剣身を両手でくるりとひねった。
「うわっ」
キョンシーの常人を越えた力に思わず桃剣から手を離した依依。
しかし寸での所で間に合わず、依依は無残にも体を一回転させ床に背中から打ち付けられてしまった。
「いたた」
依依は思わず痛みで顔を顰める。しかしキョンシーは即座に依依を踏ん付けようと、依依めがけ飛び跳ねてきた。依依はコロコロと転がり素早くキョンシーの攻撃を避ける。
「もう、何なの!?」
依依はキョンシー顔負けの勢いでピョンと足首を軸に起き上がる。
そして反撃とばかりキョンシーに立ち向かう。
「えいっ、えいっ、えいっ、えいっ」
依依は握った拳をキョンシー目掛け右左と順番に突き出す。
しかしキョンシーは両手を左右に動かし依依の突きを難なくかわす。
(早くしないと赦鶯様が本当のキョンシーになっちゃう)
キョンシー化した人間が人間でいられるかどうか。
それは確実に処置するまでの時間にかかっている。
(一分一秒でも早く処置しないと)
依依は焦り、体術の型が崩れていく。
それでも蹴り上げ、拳で突きおろし、回し蹴りをし、足払いをしてと持てる全ての力を込めキョンシーに対し連続で必死に攻撃をしかけた。
「もちごめーー!!」
がむしゃらに攻撃し、依依の頭の中がもはやもち米で埋まった時。
「このばかもーーん!!」
ぎっくり腰完治疑惑満載。しかしこの上なく頼もしい存在である
すると桃玄流の筆頭道士である事を示す、白に桃色の線が入った道衣に身を包む老師の姿が確かにそこにあった。
「依依、大丈夫か」
劉帆の背後には
(ひ弱な兄様は道士的には何の役にも立たないけど、でも精神的には有り難い)
「先生、兄様、赦鶯様がキョンシーに噛まれました」
「このキョンシーは私に任せろ。お前と燈依はそこで気をやっている奴の介抱を」
劉帆はそう口にするとキョンシーに向き合う。
「お前の相手はこの儂じゃ」
腰を落とした劉帆は左手をゆっくりと前に出す。そしてお腹の前で肘を曲げた右手を下に押し込んだ。次に右足を一歩踏み出し床を力強く叩き付け、左肘でキョンシーにちょこんと触れた。
するとキョンシーがいとも簡単に後ろに吹き飛んだのである。
(流石先生年の功!!)
依依は思わず劉帆に拍手をしそうになり、不謹慎だと何とか耐える。
そもそも武術において体を覆う皮膚や筋肉といった
そして外功を使い繰り出す攻撃に内攻の力。つまり気を集中させるとさらに効果的に力を強めた攻撃が出来るとされているのである。
ただし大変残念な事に内攻は外功を鍛えるより多くの時間がかかる。つまり端的に言えば年老いた道士の方がその扱いに長ける分、強いという事だ。
(さすが先生。私なんかまだまだだ)
依依は思わず劉帆の集中力と美しい体術の型に見惚れる。
(酒に溺れ、すぐ楽な方に逃げようとするけど)
何だかんだ言ってもやはり劉帆はここ天楼国でその人ありと言われるほどの道士なのだ。
依依は改めて実感し、劉帆に熱い視線を送った。
依依が劉帆に尊敬の眼差しを向ける中、キョンシーがぬっと起き上がる。
それに気付いた劉帆は既に御年七十を超えているとは思えない素早い動きでキョンシーを蹴り上げた。しかし何者かに操られているキョンシーは先程まで前にピンと貼る事しか出来なかった腕を突然曲げ、劉帆の足蹴りを肘で防御しはじめる。
「先生頑張って!!」
依依は全力で応援する。
「ゔゔゔーー」
「ほっ、とや、よっ」
劉帆が気を入れながら、キョンシーに拳を突き出す。
しかし死後硬直が解かれたキョンシーは急に滑らかに動き出した。
「や、とぅ、ほっ」
休み無く突き出される劉帆の拳。
それに対しキョンシーも負けてはいない。思い切り背中を反り左右に体を揺らし劉帆の攻撃をかわしている。
「ゔーー!!」
突然キョンシーが近接攻撃を繰り出していた劉帆に自分の頭をぶつけた。
「うっ」
劉帆が額を押さえながら慌てて後退し、キョンシーとの間合いを取る。
「ゔゔゔーー」
「ぐぬぬ、じじいを舐めやがって。依依、こいつを押さえておけ。こやつには少々お灸を据えてやらんといかんようじゃなからの」
「お灸を据える?」
まるでキョンシーを操る人間を知っているかのような劉帆の口ぶり。
どうにもそこに依依は引っかかったが、劉帆の声が依依の思考を遮った。
「いくぞっ、最終奥義じゃ!!」
「えっ!?」
依依は急に自分に振られた事に驚きつつも、慌ててキョンシーに背後から飛びかかる。
キョンシーに肩車された状態で足でキョンシーの首を懸命に締め付ける依依。
劉帆の姿をうかがうと、丁度懐から
八卦鏡とは法具の一つである。
赤く塗られた八角形の木枠の中央に鏡がはめこまれており、外周となる木枠には神が天地自然をかたどって作ったとされる、縦縞の文様が八個ほど描かれているもの。それが八卦鏡である。
普段は風水術で使用される事が多い八卦鏡だが、凶を反射し吉を取り込む幸運な道具として玄関などに飾ると運気上昇という触れ込みで義荘にて模倣品を売り出した所、数個ほど売れた。
つまりわりと売れ筋の商品でもあるのだ。
そんな八卦鏡を手のひらに乗せた劉帆。
腰についた布袋の一つから銀の粉を鷲掴みにして手に取った。
そして八卦鏡の真ん中に大胆かつ大雑把にパラリとその粉を振りかける。
「桃玄道士隊筆頭道士、我が名は劉帆。悪を滅ぼす力を我に与えよ!!」
すると、劉帆の手の上に乗せられた八卦鏡の中心からもくもくと白い煙が上がった。
そしてその煙に紛れ劉帆の目の前に、金色の刺繍が入る朱色で染め上げた深衣(しんい)に髭を生やした人物が召喚された。
「お前達百人が来たとしても、私をどうすることもできぬ」
頭の高い位置に髪を結い、それを布で巻いた男。キリリとした眉に鋭い眼差し。
どこか堂々として威厳のある雰囲気はつい「あなたについて行きます」といいたくなるほどだ。
「我が子孫よ、困っておるのだな」
「はい。老師様」
(毎回思うけど、どっちも老師様だよね?)
依依はキョンシーの肩に乗り、キョンシーの首を締め上げながらそう思った。
「では我が加勢してやろう」
何とも頼もしい言葉を吐く老師。
だが顔色は顔面蒼白だ。何故なら黄泉の国から劉帆が無理矢理現世へと召喚したご先祖様だからである。
「老師様、あやつをコテンパンに願います」
「ふむ。して褒美は?」
「これを」
劉帆がご先祖様である
(これも毎回思うけど、桃饅頭でいいのだろうか)
依依はそのお手軽な感じに毎回違和感を抱く。
(わざわざ黄泉の国から呼びつけておいて、桃饅頭数個じゃ私だったら回れ右するね、絶対に)
「しかと受け取った。これはうまいからな。病みつきになる味じゃ。冥土の土産に持ち帰ろう」
「お気に召して頂き、大変光栄でございます」
劉帆の子孫である老師は満足そうな顔で桃饅頭を懐に入れた。それをしっかりと目撃した依依はまぁいいのかと深くは考えない事にした。
「では劉帆よ。我と共に!!」
「御意」
劉帆が頭を軽く下げ、依依が肩車された状態になっているキョンシーに向き合う。
そして二人は同時にゆっくりと左足を肩幅に開いた。それからのんびりと両手を肩の高さに上げ腰を落とす。次に右足に重心をかけ、胸の前で玉を抱えるような動作をしたのち、左足に体を引き寄せた。最後にゆっくりと左を向き踵を地面につける。
これは太極拳の動作の一つである
しかしこの老師二人、驚くほどピッタリと呼吸が合っているのである。
「もはや先生が分裂したように見えます!!」
「依依、気が散る。儂の解説はいい。ここはもう儂らに任せておけば大丈夫じゃ。早くあの若造を助けてやれ」
「あっ、はいっ!!」
依依は慌ててキョンシーの肩からくるりと回転しながら飛び降り、地面に足をつけた。
(ま、先生が来たから大丈夫か)
依依はついうっかり放置してしまった赦鶯の事を思い出し、慌てて部屋の隅に駆け寄ったのであった。
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