第15話 兄にお金を無心する
本日
最近その活動的な装いは
(兄様はいい顔をしないだろうけど、でも動きやすいから)
騎馬民族の衣装とあって、ひたすら動きやすい胡服は依依にしてみれば
つまり、現在依依が身に纏う胡服は、女性らしさを持てと常日頃から口うるさい燈依にしてみればある意味地雷。眉を顰められること間違いなしの装いなのである。
(大体道士の私におしとやかさとか、優雅さとかを求める兄様は頭がおかしい)
依依は口にこそ出さないが、常日頃から燈依の衣服に関する考えを大変不満に思っている。
それでも「これで少しは着飾りなさい」と日々道衣に身を包む依依に対し、衣装代としてお金を渡してくれる燈依は頼れる兄に間違いない。
(でも売っちゃったんだよね……)
依依は手にしたばかりで売ることとなった、
更に、今から依依が訪れる場所に胡服が相応しいかと問われれば、流石に「いいえ」と答えざるを得ないという状況。
(でもま、既に恥を忍んで兄様を訪ねているわけだし)
どうせ叱られるのであればこの際一つも二つも変わらないと吹っ切れた思いを抱く依依。
そんな依依が本日足を運んでいるのは、兄である
天楼城は皇帝の住まい兼生活の場所である宮殿だ。
周囲を掘りに囲まれた天楼城の南北は約一キロにも渡ると言われており、確かに遠くの建物は霞んでしまい良く見えない。
広大な敷地面積を有するそこには、朱色の門と壁を持つ
そんな皇帝の絶対的な権力の象徴としての
「依依、その格好で訪ねてくるなと何度口にすればわかるんだ」
燈依に与えられているというこぢんまりとした執務室内。
顔を合わせた途端、予想通り燈依の服装検査に引っかかり、お小言を食らう依依。
「私がお前に衣装代としてやった金はどうした?まさか博打にでも使ったんじゃないだろうな」
部屋の中に一脚しかない椅子に座るのはこの部屋の主である燈依。
対する依依は床に敷かれたござの上で、沙汰を待つ罪人の如く膝を揃え正座をし、小さくなっている。
「兄様に頂いたお金でしっかりと女性らしいヒラヒラした衣装を作りました。けれど、
依依は唖然とした顔を見せる燈依に対し、有無を言わさぬ勢いで淡々と真実を告げた。
「雨漏りはこの前……ってあれはそうか母屋のほうだったか」
燈依は悩ましげな顔で宙を睨んだ。その姿を見て依依は勝負ありとほくそ笑む。
つまり杏玄流で与えられていた環境と、現在のオンボロ具合。その二つの環境を即座に天秤にかけ、依依や
(となれば後はもうひと押し)
「兄様、折角のご厚意を無駄にしてしまい申し訳ありません」
依依はわざとらしくしおらしい顔を燈依に向ける。
「わかった。そんな顔を向けるな。修繕に回したのならばもう服についての小言は言わん」
燈依は渋々といった感じではあったが、依依を許す事にしたようである。
(ありがたき、お心遣い)
依依は引き際の良い燈依を前に、そこまで叱られなくて良かったとホッとする。
「……次からは衣服は現物で支給する。そして補修の金は出すから、衣服を売る前に俺に相談しろ」
「えっ!?あ、はい」
(そうきたか)
依依は内心激しく戸惑う。何故なら現物で支給するの意味がわからなかったからだ。
(まさか私は疑われている!?)
依依が燈依の言いつけを守らず、お金を別の用途に使用したと思われているのだとしたら心外だ。しかし一回も袖を通すことなく売ったのだから、燈依が疑いたくなるのもわからなくもない。
更に言えば、勉強の鬼と化し、色恋ごとや流行りに
しかし兄である燈依の言葉は絶対。
(何故なら、桃幻道士隊の未来は兄様のお給金にかかっているから)
ちゃっかり
そしてここからが本題だと依依は襟を正し大真面目な顔で燈依と目を合わせる。
「それで兄様、キョンシーの討伐任務中に劉帆先生がギックリ腰になりまして」
「爺様も歳だからな。それで具合はどうなんだ。大丈夫なのか?」
「はい。わりと元気そうです」
依依の脳裏に、動けないと口にし「あれをもってこい」「あれが食べたい」などと必要以上に呼びつけては自分をこき使う鬼老師の顔が思い浮かぶ。
(最低な大人だ)
依依は老年であり、家族でもあり、更に今までの恩もあるからと劉帆の言いなりになっていた。
しかしつい数日前、台所に隠しておいた
その姿を見て依依は驚いた。
『完治してるし!!』
お酒を飲む事に関しては劉帆の日課であるので「またか」くらいに思えた。食費を使い込んだのも、二人のお財布なので何とか頑張れば許容出来ないこともない。しかしすっかり完治していたにもかかわらず病人のフリを続けていた劉帆に対し、依依はついに愛想を尽かしたのである。
沸々と劉帆への怒りを呼び覚ます依依。
そんな依依に燈依が探るように声をかける。
「爺様が病に倒れている間、まさかキョンシーの討伐はお前一人でやっているのか?」
「はい。ですが勿論出来る範囲で無理をせずで行っています」
「しかし、お前はまだ道士になって間もない。一人でキョンシーに立ち向かうのは危険なんじゃないか?」
兄心が漏れ出した燈依は心配性という病を発病させ、依依に非難がましい顔を向けた。
「それで兄様、えーと、お金を貸して下さい」
依依はお小言モードに入りかけた燈依を前に焦った。
その結果依依は素直に来訪の理由を口にし、額をペタリと床につけた。
「嘘だろ。もう足りなくなったのか?まさか……」
依依は頭を下げたままチラリと燈依をうかがう。すると燈依の顔が歪んだのがしっかりと確認できてしまった。これは明らかに一人の人物を思い浮かべ「勘弁しろよ」と呆れ果てている顔だと依依は即座に理解する。
「兄様のご想像通り、劉帆先生の野郎は、ぎっくり腰を理由に働きもしないで昼間からご近所の隠居じじい仲間と「これが
依依は床から顔を上げながら燈依をうかがう。すると燈依の顔は見事に固まっていた。
その表情を確認した依依は素直に告白しすぎたと焦り、えへへとはにかみ誤魔化しを試みる。
「依依、お前はもう嫁に行け。実は俺を訪ねてくるお前を見て、妹を紹介しろと言ってきた物好きが数人ほどいるんだ。どうだ会ってみないか?
燈依がいつになく真剣な表情を顔を依依に向けた。
(結婚……)
脳内で反復した言葉により、今度は依依が固まる。
何故なら結婚という単語により、瞬時に
(ち、違うから)
依依は自分に動揺し、脳裏に浮かぶ人物を即座に消し去る。
早いもので依依が
つまり凛玄と
(二人の結婚、それを笑顔で見送れたら、その時私は前に進めるのかもなぁ)
漠然とした感じではある。
しかし依依は何となく自分の揺れ動く気持をそんな風に解釈している。
(それに、現実問題として今はまだ結婚なんて無理だし)
依依の頭に年相応に腰の曲がってきた劉帆の姿が浮かぶ。
依依にはまだ、劉帆と立ち上げた桃玄道士隊を軌道に乗せるという大役が残されている。
その事に思い当たった依依もまた、自分を見つめる燈依同様、至極真面目な顔になる。
「大変魅力的なお話ではありますが、一応あれでも恩のあるじじいなので、まだ一人にする訳にもいかず、それに桃玄道士隊の事もありますし、今回は残念ですが兄様の有り難きご提案につきましては、遠慮させて頂きます」
依依は未練を微塵も感じさせない顔で燈依にはっきりと告げた。
「ふむ。金の事は心配するな。俺が何とかする。しかしなぁ。道士にならない道を選んだ俺が言えた口ではないが、お前は本当に死人相手の人生で後悔しないのか?」
燈依の口から既に何度も聞かされている問いかけ。
依依はもはや定型文と化した理由を口にする。
「兄様、私にはこれしかないし。後悔なんてしないよ。それにお父様とお母様がやり遂げたかった事を私はしているわけだし、後悔なんてしない」
依依は決意の籠もった凛とした目を燈依に向ける。
燈依と依依の父である、
(先生がお酒に逃げるようになったのは、父様の事件があってからだし)
父である俊依がこの世を去った時、依依はまだ六歳だった。おぼろげではあるが、劉帆が酒を好んで
(先生を禁酒させ、そして過去にけじめをつけさせるのも、私の役目)
依依は口では「じじい」だの「野郎」などと劉帆を罵る言葉を吐き出している。
しかし本当の所は感謝しきれないほどの恩と責任を感じているのである。
だからこそ依依は俊依の死に劉帆に責任はないと、はやくその自らの心を
「それは、何度もお前から聞いた。しかしキョンシーの存在はこの世からなくならない。終わりがない戦いに永遠に挑むようなものなんだそ?」
「そりゃそうだけど。でもキョンシーを討伐したりするのは道士の仕事だし。誰かがやらなくちゃいけない。それに道士の数だって少ないから……」
一向に反応のない、桃玄道士隊道士募集の求人。
その寂しい現状を思い出し、依依は寂しい気持ちがこみ上げる。
「でもま、
道士がこの国からいなくなるなんてあり得ないと依依は自分に言い聞かせる。
「お前、まだあいつと関わっているのか?」
依依の言葉に反応した燈依が思いきり不機嫌な顔を依依に向ける。
「あいつ?」
「凛玄だ」
燈依の口から飛び出した名前に依依は目を泳がせる。
「お前はもうあいつに近寄るな」
依依に吐き捨てるようにそう告げると眉根に皺を寄せ、腕組みをする燈依。
(そう言えば、兄様は凛玄兄様と私の事。どこまで知っているのだろう?)
依依はふと素朴な疑問にぶち当たる。
依依は燈依に対し、凛玄とのアレコレを自分の口からは一切何も告げていない。表向き、劉帆の面倒を見るため山を降りたと説明しているし、それに対し何か探るような事をされた記憶はない。
(劉帆先生が告げ口をした可能性はあるけど)
それを今確かめた場合、更にお小言が増えるのは確実である。
「あのね兄様。悪いけど私は凛玄兄様と何もないから」
依依は咄嗟に嘘を口にする。
これ以上叱られるのも、そして凛玄との事を蒸し返されるのも嫌だと判断したからである。
「でもあいつは、確実にお前を狙っていたじゃないか」
「そうかな?」
依依はとぼけた顔をして全力で凛玄との事を誤魔化す。
「やはりお前には早く俺の知り合いを……」
顎に手を当て依依の婚活に対し前向き過ぎる発言をした燈依。
「だから兄様、まだ私は嫁には――」
行きませんと口にしかけた時、突然燈依の執務室である小部屋の扉が合図もなしにゆっくりと静かに開け放たれた。
「あ……」
パクリと小さく口を開け、固まる青年。
(うわ、目の下の隈凄っ)
まるで泥人形のように固まる青年の目の下に出来た真っ黒な隈を見て、依依は思わずパチパチと何度も無駄に瞬きを繰り返したのであった。
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