第2章 10話

「おかわり」

「文句を垂れていた割によく食うな、貴様」

柵の内と外には緩みかけた空気を無理矢理張り詰めさせたような緊張感が漂っていた。

「まあ、そろそろ食べ収めだろうし。食事自体は向こうと同じでもシチュエーションが貴重だからさ」

「…………」

シーシアスは片眉を上げるのみ。

「驚かないんだな」

「…………」

レンは唇を舐めた。

「シーシアスさん。やっぱりハッタリだろ?女王を倒して下剋上するなんて。本当にやりたかったのは──」


パキィィィン!


刹那、一人と一匹を隔てる格子が砕けた。


「シーシアス。貴方の企みもここまでです──観念なさい!」

これ見よがしに汗と血を滴らせ、髪を振り乱している妖精女王様と。

「愛那さん、大丈夫!?」

「う、うん……」

意外と胆力のある新藤くんに抱き抱えられてどぎまぎしている愛那と。

「……あー、レン、久しぶり」

いざ再会すると気の利いた言葉ひとつも出てこないあたし、プリメールが。

檻の外側の窓から、てんでばらばらのテンションで対峙した。

「…………きさまら……」

シーシアスは観念したというより、予想通りだったとでも言いたげに半笑いだった。

「どうやってここまで来たかなど尋ねんぞ。どうせ女王の演出だろう」

「えー、尋ねてくださいなシーシアス。現在人間界で大人気連載中のバトル漫画になぞらえた奇襲シーンを参考にして」

「妖精女王様!!本題!!」

照れ臭さを紛らわそうとあたしは女王様をせっつく。

「失礼。……シーシアス。貴方は言っていましたね。妖精と人間の関係を対等に保つため、交流を行う人間に基準を設けるべきと」

「……あ、ああ」

覚えているとは思っていなかったのか、シーシアスはほんの一瞬たじろいだ。

「あのとき強引に話を遮ってしまったこと、謝罪します。実のところ貴方の言うことにも一理あると思っていました。他種族の貴賤を私たちが決めつけるのは傲慢ですが、平和を維持するために客観的な視点は必要です。そのためには人間の立場から妖精の立場も思いやれる人材が欠かせません──どうでしょう、この男は適任だと思いませんか」

女王様の白い指が、あぐらをかいたままのレンを指し示した。

「……やはりそこを落とし所として狙っていたか」

シーシアスは砕け散った格子を浮かせ、一纏めに片付ける。

「この桜庭蓮二という男をアドバイザーとし、妖精界の平和を保つために尽力させることを条件に彼の安全を保証する。──全く、やけにあっさりと姿を眩ませたから逆に怪しんでいたが、一度私に花を持たせたのも戦略の内とはな」

「あら、貴方も本当に彼を痛めつけたり、記憶を抹消する気はなかったでしょう?少し脅せばプリメールが行動を起こし、私を探しに回ると踏んだのでは?」

背後の愛那と新藤くんの緊張がふっと緩むのを感じた。

シーシアスは爪を噛む。

「……プリメール、貴様は私だけでなく、その女にもっと憤るべきではないのか?貴様の啖呵すらダシにしたのだぞ」

「まあ、怒ってはいますけど」

自分でも驚くほど淡々と声が出た。

「一連の行動は女王様がレンを信じていたから起こしたものです。やり口は気に食わなくても、その根っこは同じですから」

「……ふん」

そこで初めて、シーシアスの視線が《レン》話題の渦中へと向いた。

「貴様はそれで良いのか、桜庭蓮二」

「俺は構わないぜ」

レンは片手を上げる。

「ヒトの良し悪しを選定できるほど俺は偉くねぇ。でも、まあ、そうだな……確かに俺みたいな奴の立場からでしかわからないこともあるだろう。それがアンタらの為になるっていうなら、出来る範囲で協力はするぜ。姪が世話にもなったしな」

──議論はまとまった。

自分で気づいているかはわからない。けれどシーシアスは「この男は信用に足るのか」とは言わなかった。

あたしたちのいない間に、このふたりも話をしたのだろう。

ひとまずはそれが答えだ。

「……で、流石に一旦は帰らせてもらえるよな?俺も向こうでの本業があるし、保護者としてはそこの彼氏君ともみっちり話をしたいんだが」

「えっ」

新藤くんが青褪める。

「落ち着いてめぐむ。こっちにも切り札があるから」

愛那が何やら不穏なフォローをする。

「勿論です。今後のことは書面にてまた連絡をいたします。今度こそ丁重にもてなさせて貰いますわ。シーシアスも一緒に」

「……尽力する」

慇懃無礼なお辞儀をした後、シーシアスは何故かあたしを見た。

「プリメール。貴様もじきに次の仕事の準備にとりかかるだろうが」

「は、はい」

「──あと一日やる」

「はい?」

問い返すあたしに構わず言葉が重なる。

「気持ちを切り替えて励めるよう、伝えるべきことは伝えておけ。……互いにな」

ぶっきらぼうな口調の裏に込められた感情を、あたしは知っている気がした。

あたし自身がついこの前まで愛那へ向けていたものだ。

嫌味でなく心からあたしは言った。

「……お気遣い感謝いたします、シーシアス様」

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