第2章 11話


数日前にレンと通った妖精界の森を、再び連れ立って歩いていた。

「……なんか、すごいことになっちゃったわね」

少しの気まずさの中、どうにか言葉を選ぶ。

「そうでもないさ。妖精との正式なコネクションができれば、本業にもちょっとは役に立つ」

「本業って……雑貨屋?海外輸入のだっけ」

「そう、でもある」

「……?」

「それよりさ、プリメール」

レンはいつもの飄々とした笑みで、あたしの顔を覗き込んだ。

「次の仕事が控えてるんだろ?次も愛那みたいな子を見つけて相談に乗るのか?」

「そうよ。前にも言ったでしょ。契約者の願いを叶えるためにあたしたちがいるの。今回はイレギュラーがあったけど、本来休んでる暇なんてないんだから」

「……ふーん」

強めの風が吹いたけど、レンの髪も睫毛もびくともしない。

人間にとってはそよ風以下の衝撃なんだろう。

「前にさ、俺の恋愛相談にも乗ってくれるって言ったよな」

息が止まりそうになった。

「……言った、かもね」

「ちょっと聞いてくれないか」

任せなさい、と言おうとする前にレンは喋り出す。

「そいつは突然現れて、俺の可愛い可愛い姪の周りをウロチョロしてさ。挙句『あたしのほうが役に立てる』なんてぬかしやがるの。悪意はなさそうだけどそれはそれとしてムカつくから、最初は鼻明かしてやろうと思ってさ」

「……嫌われたでしょ」

「かもなぁ」

土を踏みしめる足音のように、一言一言が耳元に沈む。

初めて聞く話じゃないのに。

「でも……一緒に並んでるうちに、一緒にひとつのゴールに向かってるうちに。俺の大切なものに寄り添ってくれる、同じように大切にしてくれるそいつのことが、なんか……ほっとけなくなってさ」

足音が止まる。

自然と視線が絡み合う。

「教えてくれ、プリメール」

初めて逢ったときは悪戯心にしか見えなかった瞳が、今はあたしを映している。

細い瞳に余すところなくあたしだけが映っている。


「俺の恋は叶うと思うか?」


返事の代わりに羽を広げ、大きく大きく息を吸った。

契約妖精の魔法は自分のために使うものじゃない。誰かの祝福のために使うものだ。

だけど……いや、だから。


「───伝言をあげる」


舞う光の粒は、かつて愛那に降り注がせたもの。

「あたしはやらなきゃいけないことがある。人間の幸せを願い、叶える。そうやって生きてきたし、これからも生きていく。ただ一人から愛されることだけを選ぶわけにはいかない」


「でも」


「その生き方の中であなたに出逢えた。一緒に誰かの幸せを願うことの幸せを知った」


「離れても、大切なものが増えても、この気持ちをずっと覚えていたい」


「あなたも同じ気持ちなら」


光を浴びるレンの肩に寄り添って。

「……叶うんじゃない、きっと」

レンの睫毛は震えていた。

「プリメール」

「なあに」

「今度はちゃんと俺の手料理、食ってくれよな。愛那も一緒に。シーシアスさんに許可貰ったから」

「え、噓でしょ」

「んーまあ半分嘘だけど」

「ちょっと!」

ほころび始めた唇の端に、あたしはそっと手をかけた。

目を閉じる。

全ての光も音も消える、その瞬間───


ボキィッ!!!!!


「ちょっと慈、何やってんの。大きな音出すとばれるでしょ」

「ご、ごめん。こんな簡単に枝が折れると思わなくて……姿は消えてるんだよな、これで?」

「ご安心なさい。私の魔法で完璧に消えてよ。今バレたかもしれませんが一番重要な局面は終わったので問題ないでしょう。感無量です、教え子と昔馴染みの成就を見届けられるとは」


……うん、確かにバレたよ、今……。

目を開けてレンと顔を見合わせる。

「前はあっち側にいたのにな、俺ら」

「一度くらいは悪くないわね、こっち側も」

苦笑しながら一歩を踏み出した。

人間と妖精の新たなはじまりの一歩。

あたしとあなたの、恋のはじまりの一歩を。

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