第2章 9話


「怒っていますね、プリメール」

気づけば女王様の顔が間近に迫っていた。

艶のある髪が一房頬にかかる。

「無理もありません。そちらのお嬢さんだけではなく、貴女のことも利用して桜庭蓮二に近づけたようなものですから」

彼女の後ろで愛那と新藤くんもあたしの様子を伺っている。

何故かその視線が痛かった。女王様よりも。

「そ……そりゃあ怒ってますよ!愛那にどれだけ心配かけたと思ってるんですか」

声が自然と早口になる。自然と目を伏せる。

……いや、自然だろうか?

「あたしにだってまだ愛那のために、彼女とその周りを見守る責任があるんですからね。でも今そんなことをぐちぐち言っても仕方ないでしょう。とりあえず早く妖精界に──」 

「あの」


「なんか、違う、と思います」


意外な声の主に思わず顔を上げる。

新藤くんはたどたどしく、けれど慎重に言葉を選ぶように続けた。

「愛那さんのため、っていうのも本当なんでしょうけど……こういうときって、誰かのためとか、誰かの代わりにとか、そういう言葉で誤魔化してると……いつか後悔すると思うので……あ、すみません、俺何も知らないのに、勝手なこと言って」

柔らかな言葉が鋭く心に突き刺さった。

視界の端で愛那がぎゅっと進藤くんの手を握る。

そしてあたしに微笑んだ。「いいんだよ」と言うかのように。

──その仕草に覚悟を決める。

「……女王様」

「はい?」

「別に利用されてたことを怒ってはいません。強がりじゃありませんよ。敵を欺くにはまず味方からって言いますし、貴女の判断に信頼を置いています」

一旦言葉を切る。

「それはそれとして──あたしがレンと協力関係を結んだのも、今あいつのことばっかり考えて悔しくて悔しくてたまらないのも、全部あたしの意思で決めたことです。貴女に利用されたからじゃない。あたしが今ここにいる一番はあたしのためです。あたしがレンを助けたいんです!」

最後はほとんど叫ぶように言い切った。

火照った頬に気付いたのは、ひんやりとした女王様の指が触れてからだった。

「ごめんなさい、プリメール。貴女にもあまりに配慮を欠いた行動でしたね。恥ずかしいわ。幾多の恋愛漫画を読んできたというのに」

「へあ……?」

「大丈夫です。桜庭蓮二もきっと貴女と同じ気持ちでしょう。私はあくまで橋渡し役に過ぎません。この一大計画が終わったら存分に抱擁を交わしなさい」

「…………」

言い返すのを諦め、ごほんと咳払いをした。

「で、どうやって妖精界に乗り込むんですか。普通に正面から入っていくんですか?」

ここまでくれば女王様が何を手札にシーシアスと交渉しようとしているか、薄々想像はつく。

だからといって何事もなかったように帰還してあいつの面目を丸潰れにするのは、今後を考えるとちょっと頂けない。

その辺りは流石に女王様もわかっているようで、

「いいえ。折角です、命からがら戻ってきたという体を装いましょう」

愛那と新藤くんにウインクをする。

「協力して頂けますか?可愛い勇者さん達も」

「「もちろんです!」」

元気の良い返事を傍目に、あたしは故郷と繋がる空を仰ぐ。




愛那の──誰かのために動いた先であなたと出逢って、誰かのために力を合わせた先であなたに惹かれた。

だから今度は。

自分のために動く番だ。

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