第2章 6話
「愛那、新藤くん、体調は大丈夫?」
「はい!8時間寝てきました!」
「ばっちりだよ。塩飴も水筒も日焼け止めも持ってきたし」
帽子にTシャツ、長ズボンでびしっとGOサインを決める小学生カップルに敬礼を返す。
天気は快晴。
絶好のピクニック──じゃない、捜索日和だ。
彩矢城山のふもとは静かだった。元々観光地とかではないらしく売店もまばらだ。街は少し離れた場所にあるらしい。
一昔前は度胸試しにもってこいの遊び場でも、今はそうでもないんだろう。なんとなく時代の流れを察してしまう。
「愛那は来たことあるらしいけど、新藤くんは?」
「うーん、ないっすね。遠足とかだともっと遠くの高い山登るし」
そう答えながら辺りを見渡す新藤くん。
「プリメール……さん。俺役に立つんすか?」
「もちろんよ」
ガワのぬいぐるみの胸を叩く。
「なにしろ広い山だからね。人出が多いに越したことはないし、なによりあなたは元々霊感があるんでしょう?」
幽霊と妖精は違うけど、勘の鋭さは頼りになる。
「じゃ、最終確認ね。山の中腹に着くまでは絶対離れないこと。あたしは空の上から二人の位置を見ておくから」
「「はーい!」」
引率教師の気分を味わいながら掛け声と共に山に入る。
風がざあっと吹き、木の葉が光を受けて揺らめいた。
「プリメール。妖精女王様ってどんな人なの?」
愛那に訊ねられる。
「そうねえ……一言で言うと『人間オタク』かな」
「「人間オタク???」」
新藤くんが吹き出す。
「あの人はとにかく人間界のものが大好きなのよ。食べ物、ファッション、小説や漫画やゲームなんかの娯楽、とにかく何でも吸収したがるの」
「女王様だからってお高くとまってるわけじゃないんですね」
「ちょっと慈!」
「あ、ごめんなさい」
「ああ、いいのいいの。皆そう言うから。ご政務……仕事するときはもちろん真面目よ?オンとオフの差が激しいだけで」
話しながら思い出すのは、初めて彼女のお姿を拝見したときのことだ。
契約妖精は研修課程を終えるとひとりずつ女王様と面談の機会を与えられる。緊張しながら部屋へ入ると、そこにはラフな白ワンピースを着てジェラートを掬うどこぞの映画女優みたいな姿が飛び込んできた。あの衝撃はなかなか忘れられない。
その後真面目に面談は進み、人間界のマナーやルール、文化についての口頭質問があった。……何故かそこであたしは気に入られ、経歴にしてはやたらと彼女に重宝されている。何がよかったのかは未だによくわからない。
「……それ、利用できないかな」
考え込むようにしていた愛那が口を開く。
「人間界にしかない面白いもので私たちが盛り上がってたら、つられて姿を現そうとするんじゃない?」
開いた口が塞がらなかった。
「ま……まさか。そこまであの方は単純じゃ」
ないとは言い切れない(2回目)。
「俺ジャンプの最新号持ってますよ!」
新藤くんがすかさずスマホを掲げる。
「感想を大声で言い合ってればいいの?」
「う、うーん……」
子供の柔軟な発想にまごつきながら山中を進むと、広い野原に出た。
「とりあえず休憩にしましょうか。ちょっと早いけどお昼に」
「「はーい!」」
木陰にシートを敷き、ランチバッグを広げる。
「慈のおむすび美味しそう」
「へへ、中身はシャケとタラコ。こっちは若菜。愛那……さんはサンドイッチ?」
「うん。プリメールと作ったんだ。中身は……レンくんが置いてってくれたおかず」
明るく振る舞っている愛那だけれど、レンの名前を出すときは無意識に瞳に影が差す。
新藤くんもそれをわかっているのか、少し戸惑うように視線を彷徨わせた。
「……俺も料理できるようになりたいな。これは親が握ったやつだし」
「何を作りたいの?」
「んー……愛那は何が好き?」
あ、自然と呼び捨てになった。
「え?私?うーん、カレーとか」
初めてあたしが愛那のもとを訪れた夜もレンと一緒にカレーを作っていたわね。
「じゃあカレー作る!そんでさ、愛那は俺の好きなもの作ってよ。で今日みたいに持ってって交換すんの」
大きく身振りをして喋る新藤くんの目は、これ以上ないほど真剣に愛那を見つめている。
「……慈は何が好きなの」
「俺?俺はえーと、ハンバーグとか」
そのとき確かにあたしは感じた。
周囲の空気がふわり、と凪ぐのを。
愛那が心からの笑顔になったから──だけじゃない。
「ん、風?」
「いや違う。なんか人の声みたいな……」
さっきの二人の案はあながち的外れでもなかったのかもしれない。
妖精女王様は人間の文化が好きで、何よりも人間が好きなのだ。
人と人とのつながりが。
「プリメール、これって」
「静かに!」
耳を研ぎ澄ます。
幽かなささやき声の根を辿る。
羽と手を伸ばしかけたところで──
「良き仲間と巡り逢いましたね、プリメール」
珠のように涼やかな声が空から響いた。
「はじめまして、可愛らしい勇者達。私が
そう言って。
最後に逢ったときと何一つ変わらぬ姿と笑顔で、彼女は野原に降り立った。
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