第2章 5話
「レンの書斎は何度も入ったけど……改めて眺めるとすごい量ね」
そびえ立つ本棚をあんぐりと口を開けて眺める。
「お仕事でも使うみたいだよ。外国の文化が違う人ともいっぱい喋るって言ってたから」
愛那が抜き取った一冊の本には赤い表紙で「多文化世界」と文字が書かれていた。
「妖精とかが出てくるのは……上の方かあ」
「あたしの力で取り出せるわよ。でもそれより前に」
部屋の入り口でまごつく影を振り返る。
「お……おじゃまします!」
学校で見るより背筋のぴんと伸びた新藤くんが、直角でお辞儀をする。
「お茶にしましょうか」
新藤くんには当然あたしの姿は視えていない。
けれど質量──声や音まで消えるわけじゃない。だから知恵を練った。
愛那が持っているぬいぐるみを至近距離で浮かせ、そこから喋っているように見せかける。
ちなみに初めてあたし(の見せかけ)を目にした新藤くんの反応は、
「うわっ、すげー!」
……若人の順応性が高すぎるのも考えものね。
「にしてもびっくりしたけど。叔父さんってあの授業参観に来てたかっこいい人だろ?その人のために協力してくれって、桜庭さんからいきなり言われたからさ」
オレンジティーをごくごくと飲みながら書斎を見渡す彼に、
「二人きりの時は名前で呼ぶって約束でしょ」
「あ、うん、愛那……さん」
あのお、あたしもいるんですけど。ていうかそれ呼び捨てより恥ずかしくない?
「……って言っても、どっから手をつけていいか俺にはわかんないよ。普段小説とかもあんま読まないのに」
「それは大丈夫。目星はついてるわ」
テーブルに腰かけたぬいぐるみから声を出す。
「愛那。レ……おじさんが昔迷子になったっていう山の名前は分かる?」
レンが妖精女王様と初めて出逢った場所だ。
「え、うん。お父さんのほうの実家で」
愛那が言った地名をもとに本棚を漁る。
「あった。えっと……『
薄汚れた黄緑色の冊子を引っ張り出した。
ページを捲ると、几帳面な字で山の成り立ち、噂レベルの伝説から実際に起きた事件までが事細かに記されていた。
「おお……すげー」
「彩矢城山は私も何度か行ったことあるよ。登るの自体はそんなに大変じゃないんだけど、道がちょっと複雑でね。迷子になりやすいから奥の方には行かないように、っておじいちゃんおばあちゃんにも口を酸っぱくして言われてる」
まあ息子が迷子になったんだもんな……。
「この山がどうかしたの?」
「お城に妖精女王様はいなかった。でもシーシアスがあの方を捕らえているとは考えにくいわ」
「どうして?」
「あいつがあたしの心を折りたいなら、従わされた彼女の姿を見せつけるはずだもの。そのほうが権力を示しやすいでしょ」
嫌な想像だけどあいつならやりかねない。こんな考えすら抱けなかった少し前の自分が情けなくもなる。
「妖精女王様は人間界がお好きだからね。きっと今も混乱に乗じて妖精界から逃げ出して、隙を窺っているに違いないわ」
「この山にそのティターニア?様がいるかもしれないってこと?」
「可能性はあるわ」
というより有力な手掛かりがそれしかない。
冊子をさらに読み込んでいくと、『ささやきの野原』という項目が目に留まった。
『地元に古くから伝わる噂。山林で迷い込むと、どこからともなく女の囁き声が聞こえてくる。妖怪や幽霊の類という説が有力
期間:190X年(地元の街最年長の証言)~202X年』
伝承は間違いなく妖精女王様の集会だ。幼いレンが声だけでなく、姿そのものを捉えた最初のきっかけ。
最新は去年の日付だった。
「テターニア?って人、去年までその山行ってたんだ」
最初は遠慮がちだった新藤くんも会話に加わる。
「愛那、彩矢城山ってここから遠いの?」
「バスで1時間くらいだよ」
愛那のご両親が帰ってくるのは明後日。行動を起こすなら明日しかない。
もちろん懸念はある──シーシアスがこの場所に既に手を回していないとも限らない。
だけど何もしないで終わるわけにはいかない。
囚われのレンが今、足掻いているように。
「……ピクニックの準備をしなくちゃね」
言葉とは裏腹に拳をギュッと固める。
「登山ルックで女王様に逢うなんて、前代未聞な気がするけど」
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