第2章 4話


契約妖精のための研修でまず叩き込まれるのは人間世界での作法だ。

あらゆる国、文化圏での挨拶。決まり文句。親しい相手にする合図、目上の人を敬う仕草。

そして謝罪──土下座もそのひとつだ。

「ごめんなさい、愛那」

人間界に戻り、学校から帰ってきた愛那に開口一番そう告げた。

テーブルに伏したまま全ての事情を話す。

「レンくんが連れ去られた……?」

「あたしがいけなかったのよ。もっとシーシアスの思惑を掴んでいれば……」

額をテーブルに擦りつけたまま愛那の様子を伺う。

彼女は言葉もないようだった。

無理もない。明らかに小学生が受け入れられる脳の容量を超えている。

しばらくすると冷蔵庫を開ける音が聞こえてきた。

……こんなときでもお腹は空くわよね。いや、心を落ち着けるためにルーティーンをやっているのかしら。

「……プリメール」

恐る恐る顔を上げると、愛那が小さく手招きしていた。

冷蔵庫の中を覗き見る。

ラップに包まれた冷やご飯と作り置きおかずのタッパー。

その中心部分に、流麗な字で書かれたメモが貼られていた。



「これが読まれてるってことは俺がとっつかまってるってことだろう。

プリメールからあの紙をもらったときから、行けば無事じゃすまないことはわかっていた。だからって逃げてもムダだろう。

プリメールはきっと、向こうの世界で愛那みたいに優等生なんだろうな。自分の上司がとんでもないことをやらかすなんて、考えようとしても考えられないみたいだ。

それは仕方ないことだと思う。自分の見ているものを疑うことがどれだけ難しいかは俺もよくわかるからな。

だけどこうなった以上、プリメールも目を覚ますはずだ。お前と一緒にどうすれば俺を取り戻せるかきっと考えてくれる。

俺も俺でフトコロにもぐり込んで抜け出せるようがんばってみる。切り札もあるしな。

お前のお父さんとお母さんにたのんで、3日後には絶対に帰るように言っておいた。

だからそれまで愛那、今まで俺とプリメールが協力したように、今度はお前がプリメールと協力してほしい。

俺の部屋にある本はだれでも好きに読んでもらってかまわない。

じゃあな、夜ふかしするなよ。

レンくんより♡」



……あの男。

軽薄なようで誠実で。スカしてるようでムキになって。

考えなしに動いているように見えて、遠く遠く先を見据えている。

そういうところにあたしは度々救われてきた。

自覚しているつもりだった。

つもり……だったのに。

「プリメール」

ふと気づくと、愛那の小指があたしの目元を拭っていた。

恋悩む乙女だった頃とは違い、彼女の笑顔に無理はない。

あたしを信じているからだ。

レンと同じように。

「愛那」

あたしの……違う、あたし達のやるべきことのために、頬をパチンと叩いて言った。

「レンの書斎にある資料を手分けして全部見たいの。協力してほしい、あなたの彼氏も一緒にね」


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