第2章 3話

鎖に捕らえられたレンは声もなく項垂れていた。

咄嗟に駆け寄ろうとすると、

「無駄だ。貴様程度の力で解ける精神干渉ではない」

低い声の主があたしを見下ろす。

「シーシアス!……様、これは一体」

きっと睨みつけると、シーシアスは面倒そうに髪をかきあげた。

「契約妖精086459632。貴様のことはずっと邪魔だった。お前のような年季の浅い小娘が我ら幹部を差し置きティターニアに気に入られているのがな。あろうことかヒトと妖精の均衡を崩す手助けをさせるとは」

「そんな!妖精女王様はいつもヒトと私たちの架け橋になることをお考えで──」

「貴様もあいつも能天気すぎる!」

シーシアスが初めて声を荒げた。

「研修で散々教わったろうに。かつて妖精がヒトに迫害され、絶滅の危機にまで追い込まれた忌まわしき歴史を……。それから我らの祖先がどれだけ苦心したか!少しずつ地位を回復し、信頼に値する心根の清い人間のみを厳選してどうにか生き永らえてきた。ティターニアはその伝統に亀裂を入れようとしている」

項垂れたままのレンに向ける眼は、氷柱のような棘を宿していた。

「稀にいるのだ、こちらの選定と関係なしに我らを視ることができるこいつのような者がな……。ティターニアの思惑は知らんがお陰で隙ができた。──なに、命までは取らんよ。記憶を抹消するだけだ。多少身柄は預かるがな」

動きたいのに動けない。彼の放つ言葉そのものに精神干渉の力が練り込まれているのだ。

「レンは……私たちの存在を脅かしたりはしません」

どうにか舌を転がす。

「彼が私に協力してくれたのは本当です!」

「絆されたか、

真名に込められた侮蔑に、何かがプツリと切れた。

「……ええ、そうですよ」

頭の芯がすうっと冷えていった。

「あたしはそこの男とずっと一緒にいましたからね。そりゃあ客観的になんて見れませんよ。でもそんなこと言ったら終わりじゃないですか?妖精協会がヒトの心根を判断する基準だって一面的で曖昧なものでしょう。年齢だの経歴だの」

どうしても信用できないって言うなら、と畳み掛ける。

「あたしが証明してみせます。どんな手を使ってでも、桜庭蓮二の潔白を」

「……ほう」

鋼のように鋭く、重い声が脳を再び支配する。

「契約妖精086459632。証明してみせるというのか?私たちが築き上げてきたヒトと妖精の均衡を、そこにいる男が崩しはしないと。脅かしはしないと」

「ええ」

支配をどうにか振り切り、あたしは不敵に笑ってみせた。

「証明してみせます、大公シーシアス様。あたしとこの男が協力してひとりの女の子の恋を実らせたことを」

そのままレンを振り返る。

三日月の目はさらに細められているけれど、光は未だ失われていなかった。

「……ふん。ティターニアによれば、人間界では『恋愛相談をした相手のことを最終的に好きになってしまう』などという俗説もあるようだが」

再び脳が揺らされる。



「二人でひとつの恋愛相談を引き受けた貴様らは、最後にどこへ想いを向けるのだろうな?」



気づいたらあたしは城の外にいた。

レンの姿は見当たらない。

宵闇が迫る森のふもとで、これからすべきことを考える。

「愛那……」


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