第2章 7話
「シーシアスさん……て言ったっけ」
「許可なく口を開くな、桜庭蓮二」
鎖に囚われた人間と手綱を握る妖精が並ぶ。
見た目の大きさと主導権が見事に逆転していた。
「そう固いこと言うなよ。退屈でしょうがないんだ」
人間──桜庭蓮二は手首の鎖を揺らす。
妖精の力による縛りに実体はなく、当然金属音など鳴るはずもない。彼はつまらなさげに胡坐をかいた。
「身柄を預かられたというのに随分暢気だな」
「命までは取らないんだろ?最悪俺の記憶が奪われるだけ。プリメールのほうは頼んでもないのに足掻いてるが、俺は別にどうってことも」
「存外嘘が下手だな、人間よ」
妖精──シーシアスは手綱を強く締めた。
「貴様が何か企んでいるのは分かっている。自分がしおらしくしていればプリメールが激昂するとでも踏んだのだろう?」
「あ、やっとあいつを番号じゃない名前で読んだな」
「…………」
シーシアスは眉間を抑えたかったが、鎖を掴んでいるため叶わなかった。
「ところで食事の配給があるのはありがたいんだけどさ、これ
「……異界の物を食すことは推奨できん。こちらもそちらも」
「あー、妖精が人間の食い物食っちゃいけないってやつ。あれマジなんだ」
オートミールの入っていた皿を撫でる蓮二。
「……プリメールから聞いているだろう。以前人間界で暴食に溺れ、任務をおろそかにした者が」
「それ嘘だろ」
蓮二は顔色ひとつ変えずに言った。
「いやまあ、そういう奴は実際いたのかもしんないけど、理由としちゃ建前だろそれは」
「……どういう意味かね」
「重要なのは食べることそのものや味じゃない。『ヒトと妖精が同じものを一緒に食べる』ことで必要以上に距離が縮まることを恐れていたんじゃないのか?」
「……」
シーシアスの額に皺が寄ったのに気づき、蓮二は慌てて手を振った。
「いや、勘違いしないでくれよ。妖精の掟を揶揄する気はない。実際まあ、真理だと思うし。食を共有することで親密さが芽生えるってのはさ」
「……わかっている、気休めに過ぎんことは」
鎖を持つ手が僅かに緩んだ。
「だが私には責務があるのだ。妖精界の平和を保つという責務が……。そのためにはどんな小さな芽でも……」
「大変だな、あんたも」
労いの声にシーシアスは我に返る。
「──勘違いするなよ。契約妖精08……プリメールの単独行動を許可したのは何も塩を送ったわけではない。私なりの考えあってのことだ。勿論教えんがな」
「シーシアスさん、もし人間界行くことがあったらその台詞絶対吐かない方がいいよ。似合いすぎてて危ないから」
「ティターニアと同じことを言うなっ」
蓮二は悪びれず恰好を崩す。
「ま、俺は人間の世界でも大多数からハズされる目に遭うのは慣れてっから。愛那さえ無事なら俺はどうなっても構わないんだけど……初めてなんだよ。ここまで誰かを心から信じて託すのって」
「……」
「なんでだろうな?」
「──自分でわかっているのだろう?桜庭蓮二」
「……うん」
「なら自分の口から話すことだ。無事に彼女が戻ればの話だがな」
静寂の後、蓮二が口を開く。
「シーシアスさん」
「何だ」
「紅茶なら一緒に飲んで貰える?」
「調子に乗るな!」
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