第2章 1話
「愛那。おじさんな……言わなきゃいけないことがある」
薄暗いリビングで二人と一羽が相対していた。
「どうしたの?」
神妙な顔つきで愛那が促す。
「実は……」
あたしは宙に浮きながら腕組みをし、ごくりと唾を呑んだ。
「実は……見えてるんだ!今、愛那の隣でコサックダンスしてる奴!」
「してないし!!」
思わず大声が出てしまった。
こんな時までボケるなんてやっぱどうかしてる、この男……。
愛那は目をぱちくりさせて固まっている。なんだか懐かしい表情だった。
……今回もここまでは想定内ね。問題は次のアクションだわ。
いくら頭の中で『契約妖精マニュアル』のページをめくっても「身内から契約妖精の存在を指摘されたヒトの代表的な反応」なんて項目はないのだけれど……。
何が来ても立ち向かえるよう構えていると、彼女は何かを閃いたように立ち上がった。
レンとあたしが目を合わせたのも束の間、
「それで、いつから付き合ってたの?」
……姪も大概どうかしているのかもしれない。
昨晩。
妖精界からのお達しを受けて真っ先にあたしがしたことは、当然と言えば当然だけどレンとの打ち合わせだった。
「妖精もこんな辛気臭い文章書いたりするんだな……」
レンは動揺したというより、若干うんざりしているようだった。
「で、俺はどうすりゃいいんだよ。ハイそうですかって出頭すりゃいいのか」
「んまあ、それ以外ないんだけど……」
『呼出状』をレンの部屋の照明に向けてかざす。
「……元々あたしがあのタイミングで妖精界に戻ったのは、『告白』という契約の最終段階の前に上層部へ経過を報告して、契約の達成を速やかに行ってもらうためだったのよ」
毎回踏んでいる手順だ。
「ほんとうは妖精女王様に直接報告するのが一番なんだけど、あの方は多忙だからね。それで会ったのが……」
契約妖精育成協会副会長──シーシアス。
あたしの表情の変化を察したのか、レンは軽くため息を吐いた。
「めんどくせえ奴なのか」
「妖精女王様とは意見の対立が多かったわね。まさかこんなことになるとは思わなかったけど……」
『ティターニアの貴殿に関する情報の隠蔽・秘匿について』
この一行が引っ掛かる。
妖精女王様がレンに関してあたしを焚きつけたのは、まるきり彼女の独断だったのだろうか。
……正直言ってその可能性を捨てきれないのが痛いところだ。実際、妖精女王様はレンと過去に面識があったことをあたしに隠していたわけだし。隠してたにしては愛那の口からポロっと漏らされる詰めの甘さを見せたけど……ううん、あの方に限って……
「プリメール。大丈夫か」
気づけばレンの顔が間近に迫っていた。
慌てて胸を張る。
「あ……うん。とにかく、時期が来たらあたしがあなたを妖精界に連れていくわ。こっちは何も後ろ暗いことなんてないんだし大丈夫。丁重に扱うから安心してよ」
呼出状に書いてある日付は妖精界のものでレンには読めない。
「あとは愛那にどう説明するかだけど……」
こうなった以上、あたしとレンの関係を完全に伏せておくことはできないだろう。何も言わずに彼を連れだしたら誘拐騒ぎになりかねない。
「……愛那とあんたの仲に影響はないのか」
「あるかもしれないわね。でも隠し通せる保証がない秘密はなるべく持つべきじゃない。それよりは『本当のことを話してくれる』って信頼を少しでも取り戻すほうが大事よ」
大きく息を吐き、レンの肩に寄り添う。
「あなたに責任はない。愛那が怒るならそれは妖精側の──あたしの責任よ」
「何言ってんだ」
頭上で少し怒ったような声。
「責任逃れなんかしねえよ。運命共同体だろ、俺たちは」
そうだっけ、という言葉はレンの顔を見て飲み込んだ。
──というわけで(不法侵入については伏せるとして)あたしたちは愛那にお互いの認識を打ち明けることにし、冒頭に至るのだった。
「なんだ、付き合ってないんだ。話し方が息ぴったりだったからつい」
愛那は平然とアップルティーを啜っている。
「……いやあの、お前に黙って交流してたこととか、学校での様子を聞いてたことについては……」
「まあレンくんなら見えると思ってたし」
あたしにも目配せをする。
「プリメールと喋ってると、レンくんとも話が合いそうだと思ってたし。お似合いだよ、二人とも」
にっこりと笑う顔に張り詰めたものは感じなかった。
……え、こんなんで許されていいのかしら。
ちらとレンを伺うと、何故か顔を覆っていた。
「どうしたのよ」
「……これが愛那流のやり返しなんだよ。自分の恋路に首突っ込まれたぶん、今度は俺を揶揄うつもりだ」
「はあ?」
揶揄うって何をよ、と小声で訊き返そうとしたら、
「ほら、二人だけで仲良くコソコソ話してないで。お茶が冷めちゃうよ」
「「仲良くしてないっ!」」
ハモった私たちを見て含み笑いをする愛那の顔は、ほんの少しレンに似ていた。
初めて出会ったあの夜のレンに。
──あたしの見立てが完全に甘かったと気づくのは、この一週間後のことだった。
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