第1章 7話


三限、四限と時間が過ぎていった。

昼休み。レンはあたしを見張るのをやめ、大人しくクラスメイトの聞き込みに回っている。

「レンさんて何のお仕事されてるんですかー?」

「ただの雑貨屋の店長だよ。可愛い小物とかとか美味しいお菓子とか売ってるから親御さんと遊びに来て」

「えー、かっこいい!」

……聞き込みよね?

教室に愛那の姿はなかった。トイレかな。学級委員の仕事かな。

廊下をさまよううち職員室にたどり着く。

半開きのドアから愛那の背中が見えた。先生と話しているようだ。

「桜庭、最近嫌なことはないか?」

「え?いえ……」

「新藤に絡まれてるって話を聞いたんだが」

「あいつはふざけすぎるからなあ。迷惑だったら先生に相談するんだぞ」

「……別に、そういうことはないですよ」

「そうか?いや、新藤も悪い奴じゃないんだがな。桜庭みたいに真面目な奴とは合わないだろ」

うっ。善意のトゲってやつだ。

「心配いりませんよ。このプリント、教室まで持っていけばいいんですね?」

「あ、ああ、頼む」

ドアに近づく愛那。とっさに身を隠そうとしたけれど一足、いや一飛び遅かった。

「あ、愛那これは」

「えへへ、聞かれちゃった?」

盗み聞きだと咎められるかと思ったけれど、愛那はちょっと気まずそうに笑うだけだった。

「……学級委員の仕事って大変?」

「んー。結構面倒くさいよ。でもみんなに頼られるのは悪い気分じゃないし」

「そっか」

愛那が慕われているのは少し見ただけでもわかる。愛那もそれをある程度自覚している。

ただ恋愛が絡むとそうはいかないんだろう。

「……愛那、放課後は時間ある?」

「え?うん。今日は五限までだし」

「新藤くんと二人きりにさせてあげるわ」

情報を集めるだけじゃ駄目だ。本人たちの関係を進展させないと。

普通なら授業や休み時間にさりげなく接点を増やすんだけど、ある程度噂になってる以上そういうこともさせにくい。

「……できるの?」

恐る恐る問う愛那に、あたしは精一杯の笑顔で返す。

「こういうときが妖精の出番よ」



「新藤について聞いてみたんだがな。あいつ、クラスの中心にいるわりに深い付き合いの友達がいないみたいなんだ。普段つるんでる男子グループからもいじられキャラ認定されてるみたいで、あんまり突っ込んだことは聞けなかったよ」

再びの渡り廊下。五限を抜け出し、レンの調査報告を聞く。

「そう……」

「悪かったな」

突然謝られてびっくりする。

「な、何よ」

「いや、実際あんまり役に立ててないなと思って」

レンは静かに目を伏せ、窓の外を眺めた。

横顔に木漏れ日がちらつく。

「……あなた、昔から妖精が視えたの?」

言ってしまってから後悔した。踏み込みすぎたかもしれない。

幸いレンは気を悪くした風もなく、

「まあな。妖精だけじゃなく怪物とか幽霊とか、ヒトじゃないもんはたいてい視えた。ガキの頃はうっかり攫われかけたこともあったなぁ」

「え!?」

ぎょっとするあたしを横目に、レンは窓際に肘をつく。

「ま、今となっちゃいい思い出だ。開き直って観察図鑑つけたりしてるし、愛那にもいろいろ教えたりしてるしな」

観察図鑑……初めて会ったときにつけていたアレか。

あれがレンの想像の産物じゃなく本当に「観察」したものだとしたら、レンは過去に妖精女王ティターニア様の姿をその目で見たことになる。

──事前に彼等全てをリストアップしておくことなどまず不可能で、出逢わなければ判定する方法がないのです。

妖精女王ティターニア様のほうも偶然あいつを認識していたとしたら……

……いやいや、余計なことを考えてる場合じゃない。こいつが過去に何を視ていようと関係ない。

今一番大事なのは、愛那のために何ができるかだ。そのためならあたしは何だってする。

埃を払って窓枠に座る。レンの腕が間近に見えた。

「最初はあんたのことも怪しんだぜ?悪戯を仕掛けたり、生気を吸い取ったりするためにアイに近づいてるんじゃないかって。お伽噺のバッドエンドを上げたらきりがないしな」

「そのわりに初めの夜から馴れ馴れしかったじゃない」

「あれはわざとだよ」

「はぁ?」

素っ頓狂な声を上げたあたしに、レンはぐっと顔を寄せる。

「賭けてたんだよ。お前が悪い奴だった場合、予想してた反応は二つ。一つ目、厄介な奴が周りにいると知ってトンズラこく。二つ目、その場で俺を受け入れたふりして俺ごと騙す」

お前はそのどちらでもなかった、とレンは続ける。

「あそこでキレて俺への敵意むき出しにするなんて、企みのあるやつが一番やっちゃまずいパターンだろ。だからまあ、危害はないんだろうなって」

「……なんか馬鹿にされてるような気がするんだけど」

「気のせい気のせい。褒めてんだよ」

前髪が額をくすぐる。

そのくすぐったさから逃れるように、あたしはひとつ咳払いをした。

「今日の放課後、愛那と新藤くんを二人きりにするわ」

「!」

「……あなたにも協力してほしいの」

じっと見つめながらそう言うと、彼もまた厳かに口を開いた。

「どうやるんだ?」

「さっき言ったあたしの力。2番目と3番目の力を上手く使えば、二人きりの状況自体は作り出せるわ。仕組みとしては、そうね……」

画用紙とペンを取り出してどう説明したものか迷っていると、

「口頭で説明してくれ。俺が絵にする」

「えっ」

「ガキの頃から描いてんだよ。空間認識能力は鍛えられてる」

いつの間にかペンを手に持ち、くるくると回していた。

「……大まかに言うと、教室そのものを周りから『視えなく』するの。部屋ごと視えない結界にしてしまえば、中のヒトの声や振動が伝わることもないからね」

「そんなこともできるのか」

「どんな力も応用よ」

レンはさらさらと教室の間取りを描いていく。

「ただ長くは続けられない。その教室に用がある人に怪しまれたらまずいからね。精々30分が限度」

あたしの体力的にも厳しい。

「俺の役割はそれまでの見張りと時間稼ぎか。最初の人払いはどうする?」

「何か気を引き付けるものを出して、みんなを廊下に誘導させるわ。さっき出した光みたいに……」

「ふーん……」

レンは描いた絵を大きく丸で囲み、矢印を引いた。

「いい考えがあるぜ」

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