第1章 5話
「はめたわね」
友達の家に出かけた愛那を見送り、あたしはテーブルに突っ伏した。
カップにお茶をつぐ音が聞こえる。
「人聞き悪いこと言うな。てっきり知ってると思ってたんだよ。……あんた、アイにくっついてなくていいのか?」
「契約相手のプライベートを邪魔しすぎないのが契約妖精のルールよ。学校でも昼休みと放課後以外は離れてるし」
まあ、そのせいで授業参観の連絡を聞き逃したんだけど……。
顔を上げると湯気の立つカップが目の前に置かれていた。ご丁寧に10分の1サイズだ。
「食いもんは無理でも紅茶ならギリセーフだろ?」
レンはまた悪戯っぽく笑う。
カップを空にして居住まいを正す。
「レ……
「ああ」
「色気づいた姪への冷やかしとか、こっそり妨害するとか、そういうこと企んでないわよね?」
精一杯睨みつける。
「当たり前だ。あんたも……本当にアイのために動いてるって信じていいんだな?」
「ええ。信じてちょうだい。私もあなたを信じるわ」
「よろしく頼むぜ、プリメール。俺のことはレンでいい」
……仕方がない。こいつが学校に来る以上、こそこそ隠れるより形だけでも協力の姿勢をとるべきだ。
レンは小指を曲げ、あたしの拳にちょんと触れた。
「で、アイの好きな奴ってのは?」
「教えない」
「おい」
紅茶のおかわりを取り上げられる。あたしは構わず続けた。
「一応あたしには契約者の秘密を守る義務があるの。だから勝手に愛那の秘密をばらせない。信頼に関わるからね。あなたが
「そういうことね……」
レンはカップを戻した。
「明日はその男の子とその周囲を観察してほしい。あたしより同じ種族と性別の立場からのほうが見えてくるものもあるでしょ」
適当でっち上げる。
「……ところで、見込みはどのくらいあるんだ?」
珍しく遠慮がちな口調のレンにひと呼吸おいて答えた。
「両想いなのはほぼ間違いないわね」
裏をばらすと、100%見込みがないような恋愛ごとにそもそも妖精は関わらない。契約相手の可能性を引き出す──要は90を100にするのが私たちの仕事であって、ゼロから1を生み出せるわけじゃないのだ。その辺りは上層部が管理している。
あ、だからって甘く見ないでよね。世の中99が
「オッケーオッケー。なら愛那に相応しい男か、じっくり観察してやるぜ」
「視線で殺しそうな勢いね……」
三杯目の紅茶を頂く。
甘い香りを嗅ぐとお菓子を食べたい誘惑にかられて、あたしは必死に耐えた。
運命の授業参観当日がやってきた。
どうにかして今日中に愛那と新藤くんを進展させたい。彼女の願いのためにも、あたしの使命のためにも、……レンのうっとおしい目をかわすためにも。
「委員長は親来るの?」
「叔父さんがね」
固まって騒ぐ女子グループに愛那は平然と接していた。あたしは彼女の邪魔をしないよう、適当に教室の中を飛び回っている。
「去年も来てたよね。いいなぁ、あんなイケメンの親戚がいて。うちの親なんて目ぇギラギラさせて睨んでるよ」
「うちのママもー。授業で手あげなかったら後で嫌味言われそう」
「委員長ならそんな心配ないよねぇ」
「……そんなことないよ」
ほんの一瞬、愛那の笑顔が
でもすぐ元に戻る。
「それより宿題見てほしいって言ってなかった?」
「あ、そうそう!ここ当たりそうだから間違ってるか見てほしいの」
「あー、あの先生日付で当てるもんねぇ」
担任に関する
「んー、全部合ってるよ。黒板に書くときは途中の式も書いた方がいいと思う」
「ありがとー!……そだ、アイツの宿題も見てあげたら?」
取り巻きの一人が思わせぶりな目線をよこした先には、予想通り新藤くんがいた。
「私と新藤隣の席だし~。そもそもアイツ宿題さぼってんじゃない?」
「はー?やってあるし!」
「嘘だぁ」
男子の野次が混じり、保護者のまだ来ない教室はいっそう騒がしくなってくる。
「直さなくていいよ委員長。新が間違えなかったら逆にセンセーから怪しまれんじゃん」
「言えてるー」
「ひっでぇ!……あっ桜庭さん気にしないで、俺は教わらなくてもセーセードードー間違えるから!」
相変わらずへらへら笑う新藤くん。
「いいからそういうの……」
(一言でもいいから!会話!繋ごう!)
顔を背けようとした愛那に身振りでエールを送る。
「……あー、大体新藤、算数は得意でしょ。こないだ小テスト満点とってたし」
え、そうなんだ。
「え、そうだっけ?」
「あー先週かぁ。『何か変なものでも食べたのか?』って先生に言われてたな、そーいや」
取り巻きがさらに活気づく。
「委員長、こいつなんか庇わなくていいのに―」
派手な見た目の女子がわざとらしく愛那に絡む。
……昨日から感じていたけど。クラスで二人の関係が注目されていると言っても、からかいの視線はほとんどが新藤に向けてのものだ。愛那の周りにも人は集まるけど、そういう対象にはなりづらいらしい。
キャラの違いかな?
……それにしても。
「新藤おい、やってんなら宿題見せろよ俺も当たりそうだし。間違ってたらジュースおごりな」
「えー……あはは」
羽根を広げて息を吸う。
吐いた息が風になって、教室をちょっとした嵐が襲う。
「きゃっ、なにこれ!?」
「誰か窓開けた!?」
クラス総出で片づけをしている間に保護者が来て、なし崩しのまま皆が席に着く。
愛那の表情は硬いままだけど、小声で「ありがと」と囁かれる。
後ろを振り返ると、今まで姿を消していたレンがOKサインを出してきた。
一限が終わり、私とレンは渡り廊下に出た。
「あいつだな」
スパイ映画のような口調で断言される。
アイが教室から出てこないのを確認してからあたしは頷いた。
「ちょっと心配な気もするけど、まあいいやつみたいじゃないか。さすが俺の姪、見る目があるぜ」
「拳ガッチガチに固めながら言う台詞じゃないわね」
「理性と感情は別だろ!……で、どうする?」
小声で喚いた後すぐさま真剣な表情になる。この切り替えの早さは褒めてやってもいい。
「クラスで公認カップルみたくするのは……あいつは嫌がるよな」
さすがに愛那の性格もよくわかっている。
「さっき風を操る?みたいな力使ってたけど、他にどんなことができるんだ? 心を読むとか意思を乗っ取るとかできるならこんなまわりくどい手段取ってないだろうけど」
「できてもヒトに使わないわよ……」
愛那にしたのと同じ説明をレンにも繰り返す。
「ふぅん。妖精っちゃ妖精らしいな」
「さっきの風は2番目の人払いの力を瞬発的に出したものね。
「俺は何ができる?」
「愛那に気づかれないよう、休み時間にでもクラスの子からさりげなく情報を聞き出して」
「姿を消して盗み聞きしたほうが本音を引き出せるんじゃねえか?」
痛いところを突かれる。
「それはあたし一人でもできるわ。表向きと陰口の情報に違いがあるかどうかを確かめたいのよ」
「俺が一緒だと不都合なのか?さっきみたいに姿を消してくれよ」
ずいと迫られ、思わず目を逸らした。
「いや、そういうわけじゃ……」
なくもない。
しかしここで渋ったら、昨日わずかに稼いだ信頼が消えてしまうかもしれない。
「……後悔しないわね?」
「するわけないだろ。愛那のためだ」
今はその言葉を信じるとしよう。
「じゃあ来て」
「へ?」
「移動するわよ」
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