第1章 4話
昼休み。
人通りのない階段の隅で、愛那は気まずそうにしゃがみこんだ。
あたしはできる限りの優しい表情を作って言う。
「えーっと……あの
「…………うん」
「あたしにはどっちかっていうとあの子のほうがあなたを好きで、あなたはそれを迷惑がってるように見えたんだけどな」
「それは違うっ!」
愛那はがばっと顔を上げる。
「め……新藤は誰にでもああなんだよ。クラスの誰にでも明るく話しかけるの。私のことだって面白半分で構ってるだけ」
うーん、典型的なすれ違いパターンだな。
「嫌なの?」
「いや……じゃ、ないけど……」
かぼそい声が返ってくる。
まあ好きな人に構われて嫌な子はそういないだろう。愛那が素直になりさえすれば万事解決じゃないの?と思うけど、あまり一度に言って追い詰めるのも避けたい。
代わりにひとこと訊ねた。
「愛那はどうしたい?」
「え……?」
「あたしは何があっても愛那の味方よ。だから最初にこれだけは聞いておきたいの。あなたは慈くんとどういう形で、どういう関係になりたいのかな」
羽を広げ、愛那の顔を真正面から見つめる。
うなだれていた愛那の目にわずかな光が戻った。ふらっと立ち上がり、踊り場の窓際に寄る。
外を眺める彼女の視線の先には、校庭でドッジボールをする男子たち。新藤くんは外野にいた。
意識して見ないと気づかないけれど、ボールに当たって内野から出てきた子たちに優しく肩を叩いている。
「……このままクラスのノリに流されてちゃ良くないのはわかってるの。いつか新藤も飽きて、他の子にターゲットを移しちゃうだろうし……」
それはないと思うけどなぁ。
「今は新藤の気持ちを確かめたい。その……遊び半分じゃなくて、ちゃんと私が好かれてるって自信を持てたら、そこから頑張りたいの」
なるほど。
正直恋愛をやるには
なにより契約相手の希望は最優先だ。
「わかったわ。なんとかしてみせる」
あたしがウインクしてみせると、愛那の瞳はぱっと普段の輝きを取り戻した。
さて、じっくりやっていきましょう。契約期間に上限はないし、恋に焦りは禁物だしね。
あとはあの男──レンの扱いをどうするか……
「ただいまー」
「おかえり」
帰宅した愛那とあたしをレンが出迎えた。
にこやかな笑顔の陰で、あたしにだけ極細の針で突き刺すような視線を送ってくる。もちろん愛那には悟られずに。
「レンくん今日は早かったね。お店は?」
「今日は取引……仕事仲間との打ち合わせだったんだ。店は他の店員に任せてる」
「そっか。あたし友達の家で宿題やるから、ちょっと休んだら出るね」
和やかな会話の最中でもあたしへの視線の針は抜けない。
愛那がトイレに駆け込んだのを見計らって、レンはあたしに近づいてきた。
「順調か?」
「順調すぎてあくびが出るわよ。あんたの出る幕なんてこれっぽっちもないから安心して」
肩をすくめてみせる。
「ふぅん。元気があってよろしい」
相変わらずの薄笑いで見下してくる。
「あんたこそ、協力するにしたってどうするつもりなの?まさかずっと家にいて安全圏から口出しするだけじゃないわよね?」
突き放さない程度にやり返す。
「んなわけねーだろ。俺にも考えはある。大体明日は……」
言葉の続きは流水音にかき消された。
愛那が洗面所から出てくる前にレンは何事もなかったようにリビングに移動し、冷蔵庫からケーキのようなものを取り出した。
「アイー、おやつだけでも食べてけよ。今日はカヌレだぞ」
「はーい」
テーブルに座りをほおばる愛那。
「美味しい!」
「そうかそうか。今日は学校どうだった?」
「んー、フツーだよ。理科でヘチマの種を植えたんだけど、花が咲くのは秋だって」
「ヘチマかあ、懐かしいな。実が成ったら持って帰ってこいよ。炒め物でも作ろう」
「成るかなー」
素朴で柔和ないつもの愛那だ。
そんな彼女を見つめるレンの眼差しを、あたしは何故だか見つめてしまう。
「そうだレンくん、明日は大丈夫?」
「大丈夫だよ。店は元々定休日だし」
明日?
突っ込んで聞きたいけど聞けないあたしを察したのは、皮肉なことに愛那じゃなくレンだった。
「なんたって、可愛い姪の授業参観だもんな?」
──授業参観!
雷で撃たれたような衝撃が走る。
「もう、やめてよね。やたら張り切る子とかいるけど、私は普段通りでいくから」
無邪気に照れる愛那の横であたしはわなわなと震えている。
レンは『優しい叔父さん』の笑みを崩さず言った。
「楽しみにしてるよ。色々とな」
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