第1章 2話

「困りましたねえ」

ちっとも困っていなさそうに妖精女王ティターニア様は言った。

「どういうことなんですか?研修で散々聞かされましたよ、『妖精は契約した相手にしか視えない』って!」

玉座に座る妖精女王様を見上げ、あたしは訴えた。

妖精女王──あたしたち契約妖精の長。ここは彼女の住処だった。

煌びやかな広間の中でも妖精女王様のお姿はひときわ輝いて見える。唯一ヒトと同程度の背丈であることも畏怖いふを強めているけれど、それだけじゃない。

宝石を嵌め込んだように輝く瞳。

露の落ちた花びらのように艶めく唇。

一晩で降り積もった新雪のように白い肌。

彼女以上に美しさをその身に宿した存在を、あたしは知らない。

……ただ、

「落ち着きなさい、プリメール。妖精は契約者の助けとなるべく、常に広い心を持ち物事を遠くまで見つめなくてはなりませんよ」

「……じゃあ貴女もその漫画から顔を上げてくれません?」

「お待ち。今いいところなんです。3週間に渡る主人公VSかつての師匠のバトルにようやく決着が」

「あたしもバトル申し込みますよ?」

これである。

彼女は人間の作る娯楽に目がないのだ。偵察と称してたびたび人間界に降り立ち、コレクションを部下に惜しげもなく見せびらかすのは日常茶飯事。今読んでるのも日本で一番有名な漫画雑誌らしい。

纏っている白い衣装もフィクションから着想を得たものだという。あの男の描いた空想が彼女と似ていても、だから不思議ではないのだった。

「ふう……。良い決着でした」

ようやく雑誌を閉じてあたしと目を合わせてくれる。

「プリメール。確かに今回のようなケースは稀ですが、全く起こりえないことではありません。しかし確かに契約妖精育成研修のプログラムに『元から妖精を視る素質のある人間』の項目はありません。意図的に外したのです」

「どうして!?」

「不確定要素が多すぎるのですよ」

そう断言する妖精女王様は、先程までが嘘のように真剣そのものの空気をまとっていた。

「妖精を視る素質のある人間──と一口に言っても、彼等に共通した特徴があるわけではありません。性別、人種、国籍もさまざま。その素質が生まれつきなのかふとしたきっかけで目覚めたものかもさまざま。事前に彼等全てをリストアップしておくことなどまず不可能で、出逢わなければ判定する方法がないのです」

「あなたのお力を使っても……?」

妖精女王様が諭すような顔つきになる。

「プリメール。人間にとって妖精が未知の存在であるように、妖精も人間の生態を知り尽くせるわけではありません。全てを無理矢理暴こうとすれば関係が破綻しかねない。かつての争いを繰り返してはならないのです」

あたしは自分の浅はかさを恥じた。

「……出過ぎたことを言いました。申し訳ございません」

空気がふっと緩む。

「あなたを信頼していますよ、プリメール。──予測できないとはいえ、新米であるあなたにイレギュラーをいきなりぶつける形になったことは心苦しく思います。ですがこれはチャンスでもありますよ」

「チャンス?」

「その男の言う通り、協力して契約者の恋を叶えるのです」

すらっとした人差し指があたしに向けられる。

「そ……そんなぁ!」

思わず情けない声が出た。

「実際、人間の協力者がいたほうが何かと便利なんですよ。聞き込みを任せられるし、物理的な危険から守ってもらえますからね」

「物理的な危険って……」

「鳥に襲われたときとか」

「恋を叶えるの関係なくないですか?」

とにかく、と妖精女王様は咳払いをする。

「このイレギュラーを逆手に取りなさい。上手く利用すればあなたの契約妖精としての経験値を一気に上げることができます。その男はあなたに危害を加えそうな人物なのですか?」

「それは……」

さっきまでのドタバタ騒ぎを思い返す。

あの男が何を考えているかはわからない。でも少なくとも暴力に訴えたり、すぐに追い出そうとする感じじゃなかった。

「……わかりました。協力できるかはわかりませんが、しばらく様子を見てみます」

「よろしい。励みなさい。──上層部には私から話を通しておきます」

誰に睨まれようがあたしのやるべきことは変わらない。契約者である愛那の恋を叶えるためなら、どんな逆境だって乗り越えてみせる!

やる気に燃えながら妖精女王様の下にひざまずく。

「では私はこれにて。人間界に戻らせていただき……」

「ああ、最後に一つ」

「はい?」

妖精女王様はあたしを引き留め、少し照れくさそうに言った。

「その男ともし仲良くなったら、わたくしの似顔絵をもらってきてくれませんか。言い値で買いますので」

「……」

やる気の炎がひとまわりだけ小さくなった。



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