第3話 コロンコロン
おい、俺のソーセージコーンマヨパンは何処いった。
徐々に戻ってくる昨日の記憶。だが、それにも増して俺の心に湧き上がるのは、毎朝楽しみにしている好物のソーセージコーンマヨパンがなくなっていることに対するなんとも言えない寂しさと怒り。
くっそ。ビール飲んでほろ酔いで気持ちよくなって寝ちまった。パンくらいは寝る前に出しとけばよかった。
冷蔵庫の中にひとつ残されたコーヒー缶は凹んではいるが、スチール缶だからか、小さいからか、ビール缶の時のような原型を留めないほどのことはない。
朝の気だるさと喉の渇きは、こんなコーヒー缶にさえ手を出させる。
うん、うまい。めちゃくちゃ冷えてるな。
キンとくるのど越しを味わい、鼻腔に溢れる煎り豆の軽やかな残香を楽しむ。こんなに冷えたコーヒーを飲む機会はなかなかない。朝一のカフェインが脳をよみがえらせる。
よし、今日は仕事休みだもんな。この冷蔵庫……売るか。
おそらく売っても二束三文。まあ、5千円はドブに捨てたと思うことにしよう。いくらよく冷えると言っても、俺の心まで冷やしてくる得体の知れない冷蔵庫と同棲するのは無理だ。
とりあえずコンセントだけ抜いておくか。この冷え方だと、電気代が怖え。省エネとかないだろうしな。
俺が冷蔵庫のコンセントを引き抜くと、ガコンという音と共にモーター音も止む。音がしなくなったところで、冷蔵庫を持ち上げる。引き取りに来てもらうにしても玄関までくらいは移動させておくべきだろう。
俺が冷蔵庫を持ち上げようとすると、意外と重い。前の白い奴に比べて少し背が高いだけなのに重さは倍くらいあるんじゃないか。両腕と下腹に力を込める。
「よいしょっと、あっ」
手を滑らせ冷蔵庫が傾きドアが開く。
コロンコロン
開いたドアの隙間から何かが転げ出る。
「なんだこれ? 石?」
それは小指の先くらいの赤黒く光る石だった。ガラスよりも濁っているが表面はキラキラと光っている。古い赤ワインをガラスにするとこんな感じかもしれない。冷蔵庫のなかの部品でも取れたのか。俺はその石を手に取る。
【……魔石】
「え?」
赤い石を手に取った瞬間、俺の頭の中に文字が浮かび上がる。
「魔石? へ? ていうか、なんで頭の中に文字が浮かぶ?」
俺は頭の中に浮かぶ文字と手の中で光る赤い石を比べる。すると再び頭の中に文字が浮かぶ。
【ゴブリンの魔石】
ゴブリンが体内に持つ魔石
「ゴブリンの魔石? ゲーム? あ、あああ、そう。なるほど、そう言うことね、はいはい」
分かった。分かってしまった。
そうか、この冷蔵庫は冷蔵庫型のゲーム機だったのか。
ここ最近バーチャル何とかという、仮想現実空間でゲームをするなんてものがテレビでやっていたが、多分そんなもののひとつなんだろう。
高額過ぎて俺には関係ない話だと思っていたが、まさか、こんな形で手に入るとは。
リサイクルショップのおじさん、訳分からなくて冷蔵庫と間違えて最新ゲーム機売っちゃったんだな。
中はずいぶん冷えているが、おそらく相当ハードにCPUが稼働しているんだろう。コンピューターを液体窒素で冷やすとか前にテレビで見たことがあったしな。
冷蔵庫の正体に辿り着いた俺は、手に持っている魔石を机の引き出しにしまう。
今どきのゲーム機はこういったリアルな道具も使うんだな。どこかにこの石が入っていて、何かの条件を達成すると出てくるとかか。
…あ、あれか、弁当やつまみ、ソーセージコーンマヨパンを入れたことが条件だったとか? でもそんな有機物をどうやって処理するんだ? もしかして冷蔵庫の中で燃やすとか? レーザーで灰にする?
あ、そうか、そうやって有機物をエネルギーに変換してるんじゃないか? あれだけ冷やすんだから冷やすだけでも相当な電力だろう。それにメインのCPUが食う電力考えたら…間違いなくうちの電源だけじゃ無理だ。なるほどな、そうか、そう言うことか。
冷蔵庫の正体を掴んだ俺は、朝飯を買いにコンビニに向かう。もちろん冷蔵庫用の朝飯も買う。食費が嵩むのは嫌だが、まあ、こんな最新型のゲーム機をたった5千円で買えたんだからいいだろう。
店におじさんいなかったしな。あのバイトの兄ちゃんもあの態度だ。後から「やっぱり返してくれ」とかもないだろう。
よし、そういう事なら、このゲームやってみるか。説明書は無いけどなんとかなるだろう。とにかく、これからは俺のおすすめコンビニメニューを毎日食わせてやろう。どんどんアイテム吐き出せよ、冷蔵庫。
俺は再び冷蔵庫のコンセントを差し込んだ。
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