第3話 フィクション逆輸入
『よくやった、まずはゆっくり立ち上がれ。追撃はそれからだ』
「追撃? 訳わかんねえ。死んだろ、あいつ」
『どっこい、生きとらっせる』
「はれま! 」
「親子でM-1でも出るつもりすか」
『モリ、うるさい!』
「モリ、うるさい!」
怪獣に有効な一撃を加えたことで安堵したのか、僅かに和やかな時間が流れる。
ーーしかし、そんなゆるゆるムードを一瞬で吹飛ばす不穏が、猛烈にウォームアップを始めていた。
「あー、ケンさん。なんか、怪獣の、目? なんかな? の下の、頬、ぺっ、たん? なんかな? 段々膨れて来てないすか」
『あー、最近老眼でよお、遠くのもんの微細な変化がよくわからんのだわ。モリくん、双眼鏡持ってる? 』
「はい(呑気なやっちゃのお)」
『はれー……ホントだあ。なんか膨らんでるねえ。とりあえずゆっくーり立ち上がりながら様子見とこうか……さあさあ、鬼が出るか蛇がーー』
呑気な父が言い切るより先に、怪獣は閃光と共に“それ”を射出していた。
ボウリング球大の“それ”は、鉄巨人の左肩を溶かし、浜松町から竹芝を抉りとるように燃やし、東京湾を対岸まで干上がらせた。
「……」
『……』
これまで、自衛隊が何とか処理してきた怪獣の中には、飛び道具を行使するものなど居なかった。人類が初めて対峙する怪獣の飛び道具がこの威力。
『あー……“1兆度の火球”……ってか? レッドキングみてーにずんぐり体系のくせに、中身はゼットンですってか? ハハハ。いきなり“ラスボス登場”ってか? 飛び級しすぎだよな。東京湾の底なんて、俺、初めて見ちゃったよ。 もしかしたら、底よりもっと下かもね。なーんちゃってね。ハハハ……』
周りの仲間たちが絶望にしょげ返っている様を見ていられなかったのか、父は精一杯おどけて見せた。
「おい、親父。何時までふざけてんだバカヤロォ……。俺は、立ったぞ」
『お、おま……え!? た、立ってる……? 』
作戦前は立つだけで三分もの時間を要した鉄巨人が、今度はものの数十秒で大地に立っていた。
「何がおかしいんだバカヤロォ……。あいつが立つんだ。俺も立つだろうが」
『い、いや、そうじゃあなくてーー』
「ケンさん」
無線越しに何かを言いかけた父を、モリくんが遮る。
ーー“バッタ”は、脚部上下に配された三つの関節にに八本ずつ、計二十四本搭載された蒸気圧シリンダを、村上門外不出の独自機構と超高圧縮蒸気により強力に伸長し、関節を屈折。その反動で超剛性スプリングを伸長する事で体を飛ばす。これを両脚低出力で交互に繰り返すことで、巨大な鉄の塊が“歩く”という不可思議を現実に引きずり出した村上工業の執念が宿る機構であるーー。
鉄巨人の脚にある三つの関節は、蒸気圧シリンダにより制御されている。
父が口走りかけたのは、先程の体当たりの際、フルパワーで使用された左足の超高圧縮蒸気が充填されるまで、かなりの時間を要するため、それまでは、言わば関節を固定する仕組みのないグニャグニャの左脚なのだから“立てるわけが無い”という事だった。
『ちょっと大人は作戦会議だ。待ってろ。無線切るぞ』
「おい、モリ、何であいつは立てるんだ!? 何か必殺技でも教えたのか!? 」
「んなわけないでしょう! しっかりしてくださいよケンさん! 俺も何が何だかわかんないすよ!」
「まさか、二号機があいつの気合いに応えてーー」
「あの火球で左腕が落とされちまったから重心が右側に移って、心許ない左脚でも、ほとんど右脚に体重を載せることで、辛うじて立っているんじゃあないかなあ。俺ァバカだから難しいことは分かんねえけどよ」
全員の問に対する答えを持っていたのは、あろうことか、高台の上でバン部隊を指揮する(予定だった)ザキちゃんだった。
「ザキちゃん!? 」
「ザキさん!? 」
父とモリが呆気にとられる中、村上の怒りはふつふつとその温度を上げていた。
「何時までくだらねえ会議なんてしてやがんだバカヤロォ……。あいつはもう次の準備してんだぞ……。今度は東京湾の向こうまで行くかもしれねえ……何人が死ぬ? 何人が不幸になる? 誰もそうはならねえ! 俺が救う! 行くぞ、“バッタ”! 俺の下に駆けろ! 」
村上はその鉄巨人を無意識に“バッタ”と呼んだ。不思議なことに、名前をつけただけで鉄の塊とも心が通った気がした。
左脚のバッタ機構が機能しない事を知ってか知らずか、村上は全力で右脚を踏み絞っていた。
『バカヤロォ、お前! 今度右で全力出したら、立てなくなっちまうぞ! 』
「知るかバカヤロォ! 次ぶん殴って、のしてやりゃあ良いんだろうが! 明快! 」
『殴るったって、お前、左の模造拳はもう落とされちまってんだぞ! 』
「知るかバカヤロォ! 右ぶっぱなしゃあ良いんだろうが! 明快! 三時までにぶち殺さなきゃなんねえんだろうが! グダグダ言ってんじゃあねえ! 」
村上の言葉に、父はハッとした。その場に居合わせた大人たちの大多数が、十五時のタイムリミットを忘れていた。
怒りに我を忘れていると思っていた息子は、この場にいる誰よりもクレバーだった。
『お前……ブチ切れてやがると思ってたが……泣いてんのか? ずっと……』
「うるせえバカヤロォ! 俺と“バッタ”の右足はもう、ととのってるぜ! 」
ーー十五時まで、残り六十秒。
「バン部隊、ロ陣形! 怪獣の両脚へ炸裂杭、間に合うか!?」
『合点ザキさん! そう来ると思って、炸裂装填済みじゃあ! 怪獣への距離も、ベスト加速な百五十メートルキープできとる! お前らァ! 三十秒もありゃあ炸裂二往復行けるよなあ!?』
「ナカさん、それは厳しい! 四十五秒はかかる! 」
バン部隊の中で最も若そうな風体の男が、ナカさんに苦言を呈す。
『バカヤロォ! 俺らが長年向き合ってきた“ミニバッタ”を信じろ! いくぞォ! 』
バン部隊はナカさんの号令の下、一斉に怪獣へ飛びかかる。
『見とけ若いのォ! コレがバッタの使い方じゃあ! 』
バン部隊の足並みは異様なほど一糸乱れず几帳面に揃っていた。さながら一流バレエ楽団か、はたまた全米が見守るNFLの最高戦、そのハーフタイムを演ずるチアリーダーを彷彿とさせる動きだ。
右、左……たった二発地面を蹴っただけで、バン部隊は怪獣の足下へたどり着いた。
『均等配備! 放てェェェ!』
バン部隊はこれまた同じタイミングで、右腕に装着された筒から、怪獣の脚部へ杭を打ち込んだ。
『ワシらもう一発ぶち込んだる! その間にお前も喰らわしゃァ! 右じゃァ! 総員撤退! その後炸裂杭第二波装填のこと! 』
「よーく見届けたぜ、ナカさん。俺と、“バッタ”も……飛ぶぜ! 」
金属同士が激しくぶつかる爆発音のような鈍い音ーー。これは、脚部バッタ機構の全間接が伸びきった音だ。
父の下へその音が届くより早く、“バッタ”は宙を舞う。
「東京タワーの……。展望台が横にあるぜ……。誰か、いる……? 」
『駄目だ息子よ! 角度が高すぎる! 』
角度が高すぎる、とは妙な表現であるが、要するに“もっと前へ向かって跳べ”ということだ。
『いやケンさん、上出来じゃあ! あれならギリギリ怪獣まで届く。そんで上空から、右の下段突きを食らわしてやれ! 空手の花形じゃあ! 』
「よく分からんけど……行くぜえ……バカヤロォ……」
『バン部隊退避! 一足目接地のタイミングでザキさん炸裂スイッチ! 』
「合点ナカさん! 」
宙を舞ったバン部隊が着地すると同時に、“バッタ”は最高到達点から落下を初め、怪獣の両足からは、その爆風で村上から怪獣の脚部が視認できなくなるほど巨大な火柱が上がった。
ーー十五時まで、残り三十秒。
バン部隊は約束通り、三十秒で炸裂杭を打ち切った。
「ギャアアアア!」
先の体当たりほどではないが、計十六発の爆薬を備えた杭は、さしもの怪獣も応えたようだ。
その爆風に顎を押し上げられるように、怪獣はその顔に見える部位を上に向けた。
「やっとこっち見たなバカヤロォ! 俺はここだよ! 撃ってこいバカヤロォ! 俺の右ストレートで、ぶっぱなしてやっからよお! 」
村上が“バッタ”の右腕を天に掲げる。怪獣の“目”に受光機関が合ったなら。確実にその目を灼かれていただろう。
ーー十五時まで、残り十五秒。
『あー、息子よ、聞こえるか。落ちながら聞いてくれ。お前はさっきから右ストレートだなんだ言ってるが、二号機の“右”に拳は付いてねえ。代わりに、もっとイカしたもんが付いてる』
「知るかバカヤロォ! 要は何でもぶっぱなしゃあ良いんだろうが! まかせろ! 」
ーー十五時まで、残り十秒。
『さっきのナカさんが怪獣に杭打ったやつ。あれの何倍もでけーのが付いてる』
ーー十五時まで、残り八秒。
「何だろうがやるだけだ! 」
『数多のフィクション作品のロボットより、現実の人間が先に作っちまった、言わば“フィクション逆輸入”。リアルな人間がフィクションみてーな怪獣に立ち向かうにゃあ、これしかねーと思ったんだ』
ーー残り六秒。
『その偉大な武器の名はーー』
まるでタイミングを図ったかのように無線の音声が乱れたが、父の声は確りと村上の耳に届いていた。
「ーー! 気合い入りそうな、良い名前じゃあねーか! “必殺技”にゃあ丁度良い! 行くぜぇぇぇ!」
ーー残り五秒。
村上は落下しながら、怪獣の顔面めがけ、右腕を振り下ろした。
全く意識はしていなかったが、その接触のタイミングは、落下のエネルギーまでもが最大に右腕に乗り切る最高のものだった。
ーー残り四秒。
「パイル……バンカァァァーーー!!」
『パイル……バンカァァァーーー!!』
その瞬間に感極まった親子は、自然とその武器、或いは必殺技の名前を叫んだ。
怪獣と接触し、僅かに杭が押し込まれたのを引き金に、“バッタ”右腕に装填された杭が、超高圧縮蒸気によって音速で射出された。
ーー残り三秒。
両足の支えを失った“バッタ”は、着地するなりその衝撃で地面に伏した。
“バッタ”が打ち込んだ杭により、行き場を失った火球は怪獣内部で爆発。
その頭部と見える部位を跡形もなく吹き飛ばし、空っぽになった首にあたる部位からは、恐らくは怪獣の体液である液体が撒き散らされていた。
ーー二秒。
『怪獣十八号、二号機、共に沈黙……。現時刻を持ち、作戦完了とする! 』
父の一声に、その場に集ったおじさん達は、鬨の声を上げる。
『喜ぶのは後! モリくん、タイムスタンプ押して! 』
「い、忘れてた! やっべ! 」
ーー一秒。
モリは、防衛省の名が記された文書のフォーマットに、急いでタイムスタンプを押した。
「十四時五十九分五十九秒! ギリギリのギリっす! 感動ぉー! 」
『よっしゃああ! 今日は朝まで飲むぞオラァ! 俺の奢りだー! 』
「イエーーイ! ケンさん最高すー! よっ! 二十一世紀の大天才! 」
大人たちはまるでバカにでもなったようにはしゃぎ尽くしている。
『ーーおい、おいったら』
「ん? 」
父の無線に、今や懐かしさすら覚える息子の声が届いた。
「どうした、息子よ」
『なんか急に全部暗くなってよー。起き上がれないし、出られないんだけど』
村上は、かなり不満げに言った。
「ああ、それな。お前がモタモタやってっから、活動予定時間割っちまったろ? そうなったら結果はどうあれ、それ以上近隣の被害を抑えるために、巨大ロボは沈黙する取り決めでな。遠隔でスイッチ切ってんだわ。次に動かせるのは、防衛省の現場確認が終わったあとだ。窓口のフジマキさんは、『無事怪獣やっつけたら、一日中日とって、それから長くて三日ですかねえ』なんて言ってたから、長くて四日耐え忍べばうちに帰ってこられる。あんなバカみてー怪獣やっつけたんだ。四日くらいどおってことねーだろ。なあ、“ヒーロー”」
まるで役所の職員が住民票について説明するみたいに、父は淡々と告げた。
「アーハハ、ケンさん、フジマキさんめっちゃ似てる。サイコー」
『ふっ、ふっざけんじゃあねえー! クソ親父! こっから出しやがれーー! 』
村上の怒号を尻目に、大人たちは祝杯の会場へ向かっていった。
「ハッハッハ。巨大ロボ、動けませーんッつってな」
彼方へ消える大人たちを、村上はうつ伏せのまま見送ることも出来なかった。
ーーーー第一章 怪獣十八号 完
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