夏、紅葉、ゾンビ

 ドライアドはみんな、生まれながらにして生命が繋がった宿木やどりぎを持っている。

 きっと宿木が自らを守るため生み出した分身、それがドライアドなのだろう。

 私たちは宿木の芽吹きと共に生まれ、枯死こしと共に命を散らす。宿木が傷つけばドライアドも同じように傷つく。

 そして、命を共有している以上、それは逆も然りだ。



 夏にもかかわらず、ドライアドの里は真っ赤に染まっていた。

 ほとんどの住人がゾンビ化したことで、彼らの宿木もまた変貌したのだろう。

 宿木たちの緑葉は血肉の色へと変わり、幹は灰のように白くなっていた。


 季節外れの紅葉こうようは、むせ返るほど死の香りがした。


「エコ姉! あっちの家に入ろう!」

「そ、そうね!」


 私は追いかけてくるゾンビを剣で切り飛ばし、扉が開けっぱなしの家へと転がりこんだ。エコ姉をぐいと引き入れ、扉を閉める。


 エコ姉は安心したのか、壁に背中を預けるとそのままズルズル滑り落ちるようにうずくまった。そのまま、私の姿を見て眉をひそめる。


「トトリちゃん、傷だらけだけど平気なの?」

「うん、ぜんぜん大丈夫」


 エコ姉の言うように、私は満身創痍だった。

 なんてことのないすり傷から、ゾンビの引っ掻き傷や噛み跡まで、体中に点々と傷を負っている。治癒院からここまで、ゾンビの群れからエコ姉を庇いながら強行突破したのだから当然だろう。

 だが、大丈夫だ。手足もまだ動く。あと二日の命という点を除けば、何も問題ない。


 ゾンビが脅威なのはひとつの傷が致命傷となるからだ。すでに手遅れな私たちは、数に飲まれて動けなくなるのさえ気をつければ、なんとかなる。

 しばらくこの家に隠れ、表のゾンビたちが減ったら出ていこう。

 時間切れで体が動かなくなる前に。


「……トトリちゃんは少し休憩してなさい」

「エコ姉?」


「誰かが住んでた家なら、食べ物くらい何かあるでしょ。適当に何か作るから待ってて」

「いや、でも、料理? エコ姉が?」

「……」

「……」


「お姉さんが何年生きてると思ってるの。お茶を出すくらいできます」

「……」

「……いや、まぁその、わからない時はね、すぐ呼ぶから、それまでは休んでて」


 エコ姉は次第に小声になりながら、部屋の奥へと向かっていった。

 そもそもこんな状況で料理できる環境や材料が整っているかもわからないが、自分からハードルを下げたあたり、無茶な挑戦はしないだろう。


 私は大人しく壁際のソファに腰掛けた。


 たいていのドライアドの住処と同じく、部屋の中心には、家主であろう誰かの宿木が真っ直ぐそびえ立っている。

 当然のように幹は仄白ほのじろい。

 空を仰ぐと赤い葉が風に揺れていた。


 宿木の成長には、その人の生き方が表れるという。

 きっと、この宿木の守り手は、たいそう正直で真っ直ぐな心根の人物だったのだろう。


「……いいなぁ」


 目を閉じて、もう二度と会うことのない自分自身の宿木を思い浮かべる。

 大人に比べたらまだまだ小ぶりな宿木。一見すると真っ直ぐ伸びている幹からは、一本の枝が分かれている。それは些末と切って捨てるには太く、さりとて成長することもなければ、枯れ落ちることもない。

 今頃、あの枝も死色に染まりつつあるのだろうか。


「ゔぎゃぁー!!!」


 突如響いた濁点混じりの叫び声で、私はソファから飛び起きた。


「エコ姉!」


 声の方へ向かうと、ゾンビに組みつかれ押し倒されたエコ姉がいた。もがく足が床をダンダンと叩いている。


「ど、ドドリぢゃん! だズっ、ダずげで!」


 返答よりもはやく投擲剣『ヤドリギの枝ミストルティン』を抜き放ち――振りかぶった。


「エコ姉から、離れろッ!」


 ヤドリギの枝ミストルティンがゾンビの頭部を真横から貫く。

 貫通してもなお、勢いは衰えず、ゾンビは頭部を引きずられるように横っ飛びに飛んでいった。

 そのままキッチンの壁へ激突し、ようやく動きを止める。


「エコ姉、大丈夫!?」

「う、うん」


 迫るゾンビがよほど恐ろしかったのだろう。

 エコ姉は涙目で床に爪を立てていた。

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