第69話 神宮本庁

 夕方でも、まだ気温が高い九月上旬。


 ライカとクロスケが人の姿で山野線沿線の神社へ向けて歩いていた。


 鳥居の近くにいた神宮本庁の警備員が二人を見て、無線で連絡する。


玉兎会ぎょくとかいが現れた! 人数は二人。応援を頼む」


『了解。鳥居の内側、神社の敷地内に避難して応援を待て』


 報告を終えた警備員は鳥居を抜けて社の前まで移動した。


 歩きながらその様子を見ていたライカは言った。


「チッ! やっぱり、俺たちのことはバレている。智徳ちとく、どうするよ?」


「鬼になって雷で焼いたら早いかな」


「なるほど、それは早いな。俺がやるぜ!」


鬼一きいちに任せる。儂は面倒が起きないように人を払うとしよう」


 会話を終えると、智徳は人払いの術を使う。


 鬼一は本来の鬼へと姿を変貌させ、片手の拳を握り集中する。


 その腕に赤みがかった雷光が光始めると、ライカは吠えた。


「神社の結界に俺たちは入れないが、雷なら別だゼ! 火雷ひかみなり!」


 腕を前に突き出すと稲妻が警備員へと襲い掛かる。


――ドォーン、ゴロゴロ……


 大きな音が響き、雷に打たれた警備員はその場に倒れた。


 ライカは指を鳴らすと警備員が赤い炎に包まれた。


 辛うじて警備員が動いた。


 地面を転がって炎を消そうとしたが、動かなくなった。


 死という穢れが、神社の結界を解いた。


 智徳も鬼の姿に変貌させると、二匹の鬼は鳥居の内側へ入った。


 クロスケとライカは封神呪符を取り出した。


 クロスケが唱える。


「封神開放」


 軍人の霊が解放されて社へと進みだす。


 ライカも開放して、大きく育った禍津日まがつひを鬼の手でしっかりと掴んだ。


 ピッチャーのように振りかぶると、霊的な社の扉が開くのに合わせて禍津日まがつひを投げ入れた。


「ストライク!」


「やれやれ、外したらどうするんダ?」


「ちゃんと、入ったんだからいいじゃねーカ。あー、つまらン」


 やり取りをしている間に社の神気が大きく揺らぐと、神気が消失した。


 それと同じくして震度三ぐらいの地震がここを中心に起きる。


 クロスケが確認して言った。


「もう、用はないナ。ライカ、戻るとしよウ」


「いや、ひと暴れしてからになりそうダ」


 通りのほうから、刀や呪符を持った神宮本庁の退魔師たちが戦闘態勢で向かってきた。


 ライカははしゃいで言う。


「オレは丁度、暴れたかったんダ」



◆   ◇   ◆



 東京にある神社本庁の一室で会議を行っていた。


 結花の父親、総一郎も出席している。


 議題は玉兎会ぎょくとかい八雷神やくさいかづちのかみを含めた現在の状況である。


 警備部の部長が力強く言った。


「警備課の退魔師に死傷者がでている。一刻も早く、討伐の手立てを打つべきです!」


「しかし鬼の目的が分からないのでは難しい」


 誰かが言ったその言葉に六十半ばの男性が合図する。


 その男性は神宮本庁トップの統理を務めていた。


 合図を受けた職員が全員に資料を配り、統理が説明した。


「これは過去、玉兎会ぎょくとかいが活動した資料。布津流、鹿島流、香取流の討伐記録などから分析してまとめたものだ。資料によれば玉兎会ぎょくとかいが平将門の怨念を利用しようとしている。


 かつてその力を一部利用され、関東大震災が起きたと分析されている」


 周りがざわつき、言葉が飛び交う。


「鬼の目的は平将門か! 関東大震災以上の災害を起こそうとしているのか……」


「では、首塚を守ればいいのではないか?」


「いや、北斗七星の陣を考えれば、東京にある平将門に関連する神社を全て守るべきだ」


「そもそも鬼は、それほどの力を現在でも有しているのか? 首塚を囮にして鬼を討伐したほうが良いのではないのか?」


 ここにいる七割は一般からの職員であった。


 神宮庁を象徴する統理や事務方の筆頭である総長を含めて知識で理解しているだけで、妖魔や霊的事象を体験したことがない。


 温度差のある発言が続いた。


 片手をあげた統理がざわつきを収めて発言する。


「すでに指示を出して、首塚を含めた北斗七星の陣の神社へ警備部の主力を配置している。各神社の社は神気も保っていると報告があった。あと連絡事項があるそうだね?」


 神事本部の部長へ話を振った。


「社の神気を戻す方法が分かりました。大祓詞おおはらいのことばを捧げることで穢れを祓い、神気を戻すことが出来ます」


 主力の配置と神気の戻し方の話で全員に安堵が広がった。


 統理が穏やかに言った。


「鬼を討伐した後、各社の神気を戻すことにする」


 その言葉の後に総一郎が発言した。


「本当にそれでいいのですかね? 鬼は北斗七星の陣を理解していると思います。もう一度、平将門の怨念を利用しようとするのでしょうか?」


「過去の資料を揃えたのは武宮さんだろう? 他に推測できる情報はない。北斗七星の陣を守ることに意味もある」


 統理は答えたが、総一郎は続けた。


「山野線の外側にある神社だけ、社の神気を穢しているのも気になります」


「手薄な神社を狙っているだけだろう。それに社の神気は元に戻せる」


「今、東京の地下鉄や下水道は瘴気で満ちています」


「社の神気が消えたことによる影響と推測されている。社の神気を戻せば、これも解決する」


「……それは推測です。欠員が出ているなら、何か起きる前に他県の警備部隊から応援を要請しては、どうでしょう?」


「すでに近くの県から応援を出している。神社の警備や巡回任務を行っているのだ。もう余力はない」


 話の途中で警備部の部長が割って入った。


「武宮さんの心配も分かります。人員不足の件は、身内が難しいなら外部の力を借ります」


「では、そうしなさい」

 

 その一声で会議は終わった。


 総一郎は後悔していた。


 自分の発言で娘の結花を死傷者が出る鬼のところへ送り出すことになると。

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