第65話 玉兎会


「爺様の手記だ。これに玉兎会ぎょくとかいのことが書かれていた」


 茨城県の実家で清一は靖次に手記を渡した。


 付箋が貼られているページを靖次がめくる。


 続いて机の上に別の資料を並べて清一が説明する。


「こっちは鹿島流、香取流の資料をコピーしたものだ。これらの情報をまとめると、もともと玉兎会ぎょくとかいは陰陽寮の暗部組織だった。


 平安時代の陰陽師は呪殺や人を貶めることもやっていたが、時代とともに表立って行わなくなった。陰陽寮も時代に合わせて組織を変えていった。


 暦算や天文を主体とした表の陰陽寮。宮中祭祀を仕切っていた裏の八咫烏やたがらす。そして情報収集、呪殺、暗殺を担っていたのが、陰の玉兎会ぎょくとかい……」


 喉にタンが絡み、咳き込む。


 大丈夫だと言わんばかりに手をかざして、清一は手元にあった湯呑を掴んだ。


 一気に麦茶を飲み終えて話を続けた。


「明治三年。西洋の先進技術を取り入れる政策を進めて、政府は陰陽寮廃止を強行した。陰陽寮にいた陰陽師は職を失うことになった。


 当時の社寺局しゃじきょくが陰陽師の受け皿となったが、納得しない者は玉兎会ぎょくとかいと一緒に地下へ潜った」


「そうか。社寺局が陰陽師を受け入れたことで今の神宮庁に陰陽道の退魔師がいるわけか」


「この資料でおれも初めて知ったが、そうだ。……話を戻すぞ。

 陰陽道の弾圧が厳しくなって廃れていく中、大正十二年に玉兎会が動く。かつての陰陽寮を含めた陰陽師が反乱を起こした。鬼の力を使ってだ」


 靖次は感心して言った。


「よく調べたものだ」


「それは爺様……。いや、“その世代の退魔師たち”が、だな。この戦いで討伐できなかったことを悔い、調べて記録を残していた」


「あの爺様でも、討伐できなかったのか?」


「……ああ。鬼どもは平将門たいらのまさかどの怨念を利用しようとした。しかし、すでに東京の結界に組み入れた平将門たいらのまさかどを使った北斗七星の陣を発動し、利用された力と衝突した結果が関東大震災だ」


「討伐で関東大震災が……」


「それを含めて、後悔していたようだな。政府の転覆は何とか防いだが、被害は甚大。玉兎会ぎょくとかいを壊滅に追い込んだものの、鬼どもは震災の混乱を利用して姿を消したようだ」


 話の区切りで、靖次は二人の湯呑を集めた。


 麦茶の入った容器から新たに麦茶を注いだ。


 自分と清一の手元に湯呑を置き、確認した。


「鬼どもの正体は書かれているのか、兄貴?」


「明記されていたぞ。鬼は“八雷神やくさいかづちのかみ”だ」


「黄泉の鬼ども! 祟り神の鬼を使ったのか!」


「……落ち着け。茶でも飲め」


 清一の言葉に靖次は麦茶を飲んで気を静めた。


 合わせて清一も一口飲んだ。


 落ち着いた靖次が清一に疑問を投げた。


「今の玉兎会の目的は、なんだろうか? 生き残りが居て、玉兎会の子孫が動いているとは?」


「現在になって姿を現す理由はないだろう。もっと前から活動して、退魔師の業界に影響を与えているはずだ」


「確かに」


「当時の玉兎会は政府の転覆、陰陽寮の復活というような目的があった。それに沿って鬼どもは動いていたが、今の鬼どもの目的が分からん。

 玉兎会ぎょくとかいとの契約が続いているのか。独自で動いているのか……」


「いずれにしろ、今の玉兎会ぎょくとかいは鬼どもの可能性が高いか……」


「気を付けることだ」


 清一は横に置いてある鞄から分厚い書類が入った封筒を取り出し、説明する。


「これは手記や資料のコピーを集めたものだ。神宮本庁に提出して、おれは注意を促したいと考えている。また平将門たいらのまさかどの怨念を利用しようとしているのかもしれん」


「分かった。神宮本庁から退魔師の業界全体に話は伝わるだろうが、おれは神奈川に戻って皆に事情を説明する。

 鬼の陰陽師は八雷神やくさいかづちのかみの一匹ではないか?」


「その可能性はあるが、まだ別ということもあり得る。ただ雷の技を使った点、陰陽師である点を考えれば、可能性は高いだろう」


「大正時代の陰陽師を喰って技能を得たといったところか。鬼の陰陽師、消えた黒鬼、神気の消えた社。正月に話したことだが、繋がりそうだ」


「おそらく、そうであろうな」


 靖次は「うむ」と言い、茶を飲み干すと席を立った。

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