第64話 おしら様4

 結花は全身に力を入れて逃げようとするが、枝が手のよう包み込んでいる。


「う、動けない!」


 結花を捕えたおしら様が囁きながら迫る。


「アナタの首と交換……しテ」


 莉緒は祝詞のりとを捧げ、神の弓矢を構えた。


 御鏡が指示する。


「神気で核が見えない。新条、頭を狙え」


「分かりました!」


「だが、まだ撃つな。近すぎる」


 直輝が枝を狙って上段から二度、三度と振り下ろした。


 枝が斬り払われると、おしら様は二人から距離を取る。


 御鏡が莉緒に合図した。


「今だ!」


「はい!」

 

 莉緒がおしら様の頭を狙って矢を放つ。


 側頭部から突き刺さった頭は吹っ飛んで、地面に転がった。


 しかし、おしら様の動きは止まらず、頭は結花を見続けていた。


(核は頭じゃないのか)


 観察していた御鏡は弱点にあたる金行呪符を持って詠唱する。


「鉄の斧となって斬り裂け! 急急如律令!」


 近くにある道路標識を分解して、鉄製の斧へ変換して呪符が消失する。


 斧はおしら様の体へと回転しながら飛ぶ。


 カンッと木に斧の刃が深く刺さった音が響く。


 衝撃でおしら様の体は地面に崩れ落ちた。


 直輝はその隙に結花を枝の束から助け出した。


「大丈夫?」


「ありがとう。大丈夫よ」


 結花は手の握り加減や足を軽く動かして確認する。


 擦り傷ぐらいで済んだのは、神衣のおかげだ。


 二人が態勢を整えると、おしら様も頭を拾い起き上がった。


 直輝が結花に相談した。


「僕の攻撃は、あまり有効じゃない。結花がメインで撃しない?」


「分かったわ。陽動を宜しく」


 直輝はおしら様の右側から攻めた。


 おしら様の手を払い、胴を斬りながら左側へと抜ける。


 結花も右側から斬りかかった。


 左切り上げでおしら様の右腰から胴体を大きく切り裂いた。


 神気が弾けて、妖魔本来の鉄紺色てつこんいろのオーラへと変化した。


 同時にダメージの蓄積で、おしら様は形を保てなくなった。


 穢れた煙が霧散し、禍津日まがつひが宙に浮いて揺らめいている。


 通常より陰の気を強く発していた。


 結花は残心を保って構えを解く。


「あれは私には払えそうにない。直輝、お願い」


「うん。分かったよ」


 直輝は結花に頼まれ、脇構えに構えて祓絶はらえだちを行う。


――ギンッ!


 甲高い金属音を立てて刀は止まる。


 直輝は見鬼で禍津日まがつひの状態を確認する。


(陰の気が強い。いつもの祓絶はらえだちじゃあ、祓いきれないのか。御鏡さんなら、何とかしてくれるだろうけど。……そうだ。試してみるか)


 改めて脇構えである陽の構えをとる。


 地面を擦りながら三歩進み、両足を平行に揃えてを踏む。


 乾の効果を発動して陽の気を高めた。


 祓い刀にも陽の気が伝わり、いつもの倍のオーラになったことを見鬼で確認する。


 足運びを戻し、気合を入れて祓絶はらえだち。


 一撃で大きな禍津日まがつひが祓われ、地面に元のおしら様の人形が転がった。


 直輝と結花は納刀しながら、禍津日まがつひが消えゆくのを眺めた。


 直輝が結花に声をかけた。


「助かったよ。僕じゃあ決定的なダメージを与えられなかった」


「荒魂に対して、私って強いのね」


「前に布津流の女性について悩んでいたけど、必要だよ」


「お父さんを説得できるとは思えないけど……」


「一人で背負い過ぎじゃないかな? 僕や新条、御鏡さんがフォローすることを前提に考えたら十分じゃないか」


「……そうかもね」


 直輝の言葉で結花は少し考えを変えた。


 御鏡は首が取れたおしら様の人形を拾い上げ、話に割って入った。


「これと、形代を回収する。何かあったのか?」


「いえ、布津流である私の話です」


「そうか。まあ、何かあるなら俺らにも相談してくれ」


 形代を御鏡に渡しながら、結花は「はい」と答えた。


 御鏡は直輝の話へ話題を変えた。


「稲葉、よく払った。荒魂あらみたま禍津日まがつひは祓えないかと思っていた」


祓絶はらえだちする前に布津流とは違う足運びしていた」


「あの祓絶はらえだちは、を踏んでいたな?」


 二人に足さばきを指摘されて、武宮家の清補班が来るまで特訓の話をすることになった。

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