第61話 おしら様1

 盆を迎える八月中旬、私は手伝いで実家に戻った。


 家族で祖母の新盆にいぼんを迎えるため、家の片づけと掃除を行う。


 不慣れな父親がリビングを掃除する母親に訊いた。


白提灯しろちょうちんはどこにある? 組み立てるよ」


「買って仏壇の近くにあるはずよ」


「ああ、そうか」


 父親は言われるままに仏壇がある部屋で探し始めた。


 次は私が訊ねた。


「私は何する?」


「神棚の掃除をお願い。まずは神棚の物を降ろして埃を払ってちょうだい」


「はーい」


 母親の指示で娘は神棚の掃除を始める。


 踏み台を用意したが、不十分な高さだった。


(まずは降ろすだけだし、いいかぁ)


 高い位置にある神棚を手元が見えない状態で、盃などを降ろす。


 安易な考えが災いした。


――ガタッ!


 手に木の人形を引っかけて落とした。


 顔から落ちた人形の首は折れてしまった。


 桑の木で作られた人形は、三十センチほどの大きさで赤い着物に黄色い帯を着付けていた。


 壊した人形を拾い、表情を曇らす。


(……やっちゃった)


 壊した人形を持って両親に相談した。


「これ、どうしよう」


「それは亡くなったお義母さんの物よ」


「母さんが実家から持って来たんだ。まあ、壊してしまった物は仕方ない。捨てよう」


 父親は判断した。


 燃えるゴミの袋にそのまま突っ込んだ。



◆   ◇   ◆



 翌週、私は一人暮らしのマンションに戻った。


 しかし、その日は落ち着かない気分で眠れないでいた。


 暫く布団の中にいると、妙な声が聞こえてきた。


――……イ。……たイ。


 部屋にいるのは私だけ。


 隣のから声が聞こえてくる訳でもない。


 息を殺した声なのか、身近に思えた。


(泥棒? カギやドアガードもしているのに。……スマホは机の上)


 ベッドから手を伸ばして携帯を静かに探す。


 お守りの横にあった携帯を素早く掴み取る。


 鼓動は早くなり、体は強張っている。


(警察へ通報する? 近いから絶対に気づかれる。やっぱり、見つかったらダメよ。もう、早く出て行って!)


 突然、携帯からメールの着信音と振動がする。


 消音にしていなかったことに驚いた。


 思い切って部屋の明かりを点けて室内を確認した。


 そこには何も無く、気配も声も消えていた。



◆   ◇   ◆



 私は会社帰りに昨日のことを悩んだ。


(昨日のアレは、何なのかしら? 気のせい?)


 陽が沈んだマンション近くの暗がりを歩く。


 その路地は珍しく人がいない。


 道の途中で赤い着物を着た女性がうずくまっていた。


「……い、痛い」


 彼女の元へ駆け寄って訊ねた。


「大丈夫ですか? どこが痛いですか?」


「……首が。あと顔が」


 女性は娘の手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。


 私は心配して顔を覗き込む。


「ひいっ!」


 驚いて仰け反った。


 人の顔ではなかった。


 その顔は左半分にヒビが入った木の人形。


 そして据わりの悪い首がゴロリと落ち転がった。


「首が痛イ。……顔が痛イ」


 落ちた首がしゃべる。


 私は手を振り払おうとするが、強い力で掴まれ逃げることができない。


「アナタの顔と交換しテ。……交換しテ。……交換しテ」


「……いや!」


 目を瞑って必死で手を振り払った。


 急に手が振り抜けて、その場から逃げ去った。


 微かに例の声が頭の中に響く。


――首が……イ。……たイ。


 マンションの部屋に駆け込むと、カギやドアガードを掛けて落ち着く。


 不意に痛みが走った。


(あれ? 顔の左側が痛い)

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