第60話 喪明け

 人払いの術で人気が無い夜の公園。


 言美と直輝が対峙していた。


 中段を構えた直輝に言美が言った。


「もう一度、かんよ」


 直輝はの独特の足運びを行いながら、布津流の構えを保った。


 坎のを完成させると、構えで刃に宿った水行の気が増大した。


 言美が火行呪符を取り出して詠唱する。


「火球となって飛べ。急急如律令」


 呪符は公園にある木行の気を変換して火球を作りだした。


 直輝に飛んで行くと、構えた祓い刀で火球を真っ二つに割って消した。


 二人は興奮して喜んだ。


「出来た!」


「やったじゃない! でも、これくらいはを踏まずとも出来てほしいわ」


 陰陽術のように水を発生するまでには至らないが、水行の気で火球を切り裂くことが出来た。


 それは布津流にないものだった。


 言美が背中を叩いて言った。


「実践で使えるまで練習しかないわよ」


「うん。布津流の型との合わせ技は、妖魔に対して武器になるよ」


「だけど、今日はここまでよ。明日はあの人の一周忌だからね。寝坊できないでしょう?」


「はい、母さん」


 人払いの術を解除して、明日のために二人で帰宅した。



◆   ◇   ◆



 高校二年になった直輝はまた夏を迎えた。


 霊園に眠る父親の一周忌いっしゅうきは言美と直輝の二人だけにした。


 夏の制服を着た直輝は、バックから遺影や位牌を僧侶へ渡して席に着いた。


 バックから数珠を取り出して左手に持った。


 言美が供物くもつを僧侶へ渡した。


「これは法要後にお納めください」


 僧侶はお礼と言い、供物は位牌の隣に置かれた。


 一周忌いっしゅうきの法要が始まる。


 僧侶の声が法要の部屋に響く。


「生きとし生ける者全て寿命あり。年月降りし、大木はやがて新芽を吹くことなく、枯れ朽ちてその命を大地に還すなり。人の世も変わることなく、いかに若さを誇るといえども、やがては年老いて命の終わりを迎える。


 これ全て自然の理なり。


 されど……その心、こころざしは次の世代に引き継がれ 消え去るものにはあらず――」


 直輝はその言葉が染みた。


 お経が始まると、お焼香の順番が直輝に来た。


 言美に習って同じ手順を行う。


 父親の遺影を見てから手を合わせる。


(父さんの志は僕が引き継いでいるよ)


 直輝は祈って席にも戻った。


 法要が終わると、卒塔婆を持ってお墓まで歩き、古い卒塔婆を捨てて新しいものを差す。


 稲葉家の墓は定期的に雑草駆除や掃除が行われ、綺麗に管理されていた。


 直輝はバックから雑巾を取り出しだ。


 言美が注意した。


「夏だから硬く絞って使いなさい。熱を持った墓石に冷たい水を浴びせないようにね。ヒビがはいるから」


 理解した直輝は、硬く絞った雑巾で墓石を軽く拭く。


 花を飾り、線香をあげて言美と直輝は手を合わせた。


 直輝は父親に心の中で語り掛けた。


(父さん、僕は人並みの親孝行をしてあげられなかった。でも、必ずあの鬼を祓って母さんの霊障を直して見せるから。だから、僕に任せて安らかに……)


 祈りを終えて数珠をしまうと、言美が言った。


「父さんみたいに、一人で背負い込むような顔をしない。私や靖次先生、結花ちゃん、他の人たちに頼っていいのよ。みんなで背負わないと、あの鬼は祓えないわよ」


 言美に心を読まれて頷く直輝は「敵わないなぁ」と、父親風に言って笑った。


 直輝たちの喪は明けた。

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